2023年時代小説SHOWベスト10、発表!

大狼との闘い、父の死と藩の不正、時代小説の面白さが凝縮

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『奥州狼狩奉行始末』|東圭一|角川春樹事務所

奥州狼狩奉行始末東圭一(あずまけいいち)さんの『奥州狼狩奉行始末(おうしゅうおおかみがりぶぎょうしまつ)』(角川春樹事務所)は、本年度(2023年)の第15回角川春樹小説賞の受賞作品。

著者は、2012年に「足軽塾大砲顛末」で、第19回九州さが大衆文学賞を受賞し、2020年に『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』(佐賀新聞社)を刊行した実力派の新人作家。今回の受賞をステップに、今後の動向、さらなる活躍を楽しみにしている作家のひとりです。

本書は、江戸時代の馬産地である奥州の小藩を舞台に、藩の牧場で飼っている馬を食い殺す狼の害とそれに立ち向かう若き侍を描いた時代小説です。

江戸時代、馬産が盛んな地域にとって、狼害は由々しき問題だった。そのため、奥州には狼を狩る役――狼狩奉行が存在した。
その狼狩奉行に就くよう藩から申し渡された、岩泉亮介。
父が三年前に非業の死を遂げ、家督を継いだ兄も病で臥せっている。
家のため、命を受けた亮介だったが、今、狼の群れは「黒絞り」という見たこともない大きな頭目に率いられ、かつてないほどの狼害を引き起こしていた。
だが「黒絞り」を追う内に、父の死の真相、藩の不正問題にまで繋がり……。

(『奥州狼狩奉行始末』カバー帯の紹介文より)

その日、槍を得意とする岩泉亮介が講武所から帰宅すると、兄寛一郎の妻の父、戸村与兵衛が家にいました。亮介が急ぎ戸村の前に座り辞儀をすると、戸村は、兄弟の顔を見比べて言いました。

「実は、今日はお主ら二人に話があってな、すぐに決めなければいかぬことなのだ」
 二人は訝し気に戸村の顔を見た。
「お主ら、狼狩奉行という御役を知っておるか」
 兄弟は目を合わせ、亮介が口を開いた。
「御目付配下で牧の馬を狼から守るために設けられた役職と聞いておりますが」
 戸村は頷いた。
「そうじゃ。藩牧では毎年相当数の馬が狼害でやられておるのだ。ことにここ数年は被害が大きい。狼狩奉行は名の通り、その狼を狩る御役じゃ」
 
(『奥州狼狩奉行始末』 P.19より)

先の狼狩奉行が狼に噛まれた傷がもとで、狂犬病みたいにひどい熱を出して乱心したようになり、苦しんだ末に命を落としました。奉行といっても部下はなく小禄の者がつく役職で、この役に就きたがる者がおらず、その狼狩奉行の後任に、寛一郎はどうかという話になりました。

郡方で郷目付をつとめていた父の岩泉源之進は、三年前に、狼に襲われそうになって逃げようとして誤って崖から転落して亡くなっていました。後を継いだ兄の寛一郎は、半年前から病を発病し臥せていて、藩から禄をいただきながらろくに登城さえできずに鬱屈した日々を送っています。
家の事情を鑑みて、亮介は兄の代わりに狼狩奉行をつとめることに。

狼狩奉行に就いた亮介と寛一郎兄弟のもとを、父の同僚の松岡が病気見舞いも兼ねて訪ねてきました。松岡は、崖から落ちた源之進のもとに最初に駆けつけて、まだ息のあった父の臨終を看取った人物で、父の死にまつわる秘密を明かしました。

「実は岩泉様は瀕死の状態の時に某にはっきりとあることをおっしゃったのですが、今まで黙っておりました。今日はそのことで参りました」
 二人は突然のことに顔をこわばらせた。
「父上は、な、なにを言ったのですか」

(『奥州狼狩奉行始末』 P.49より)

源之進は、「野馬別当は不正をしておる……」と言い残したと。
野馬別当は、三十石程度と身分は低いながら、野守という牧の番人らを従えて、二つの牧を管理し、荒くれ者を束ねているだけに力を持っていました。

松岡は、ことがことだけにそのまま目付に伝えるわけにもいかず、まだ若い兄弟を巻き込めば危険な目に遭わせかねないと口をつぐんでいました。
しかし、狼狩奉行に就いた亮介ならば、いずれ何かに気づき、父の二の舞になるかもしれないと考えて、ならばすべてを明かした方が安全と思い馳せ参じたと。
そして兄弟と手を携えて、三年前の真相を明らかにしたいと思いを打ち明けました。

大自然の中で、「黒絞り」と呼ばれる大きな狼との対決。
知恵と勇気を駆使して、弓の名手の手を借りて、黒絞りに挑む亮介。

頻発する狼害の裏で、進められていた不正の影。
新任の狼狩奉行、亮介は、隠れていた悪を倒し、父の仇を討つことができるのでしょうか。

狼狩りと父の死の謎を追う物語はミステリータッチで紡がれていき、頻発する狼害の謎、父の死の真相を追うバディものの痛快さを帯びながら展開していきます。
亮介の恋も描かれていて、リーダブルな文章でワクワク感を楽しみながら、一気読みしました。

近年、狼ならぬ熊の害が全国的に広がっていく中で、人に危害を及ぼす恐れのある野生動物(害獣)と、いかにして共存していくのがよいのか、あらためて考えさせられました。

奥州の狼狩りを描いた時代小説には、高橋義夫さんの直木賞受賞作の中編「狼奉行」があります。
今回、30年近くぶりに読み直してみました。筋立てをすっかり忘れていて初めて読むようにワクワクしながら読み進められました。
ストーリーも登場人物も全く異なる話ですが、人と野生動物の関係を考察する機会になり、読み比べてみることをおすすめします。

奥州狼狩奉行始末

東圭一
角川春樹事務所
2023年11月18日第1刷発行

装画:朝江丸
装幀:五十嵐徹(芦澤泰偉事務所)

●目次
序章 帰路
第一章 狼狩奉行
第二章 牧の疑惑
第三章 岬の夜
終章 新たな道

本文213ページ

本書は第15回角川春樹小説賞受賞作品「奥州狼狩奉行始末」を、大幅に加筆・訂正したもの。

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『奥州狼狩奉行始末』(東圭一・角川春樹事務所)
『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』(東圭一・佐賀新聞社)
『北の武士たち・狼奉行 傑作時代小説集』Kindle版(高橋義夫・中公文庫)

東圭一|時代小説ガイド
東圭一|あずまけいいち|時代小説・作家 1958年、大阪市生まれ。神戸大学工学部卒。 2012年、「足軽塾大砲顛末」で第19回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞を受賞。 2015年、「強力ごうりき侍 ―近江伝―」で第2回富士見新時代小説大賞...