『深川おせっかい長屋 胸騒ぎの萬年橋』|喜多川侑|実業之日本社文庫
喜多川侑(きたがわ・ゆう)さんの時代小説『深川おせっかい長屋 胸騒ぎの萬年橋』(実業之日本社文庫)をご紹介します。
実業之日本社さんより、ひと足先にゲラ(最終校正前の原稿)を拝読する機会をいただきました。深川おせっかい長屋の住人たちが織りなす、笑いと涙の人情物語に感動し、本書の帯に「おせっかいは癖になる。今読むべき時代小説!」という推薦コメントを掲載させていただきました。
著者について
喜多川侑さんは、レコード会社に勤務されたのち、2013年より専業作家として活動されています。別名義ではアクション・バイオレンス作品を多数発表され、2023年には「喜多川侑」名義で『瞬殺 御裏番闇裁き』(祥伝社文庫)を刊行し、時代小説に本格参戦されました。
芝居小屋を舞台にした華やかでスリリングな痛快時代小説「御裏番闇裁き」シリーズは、文庫書き下ろしで展開され、2025年6月時点で第4作まで刊行されています。とくに第2作『圧殺』の面白さに惹かれ、同シリーズを2024年度のベスト10にも推薦いたしました。
あらすじ
おせっかいをしていなきゃ、 ここの住人は死んでしまう!?
深川萬年町の表店に、古本屋の娘・お花が越してきました。元気あふれる「ごんたま」のふたり、隠居夫婦、絵師など、一癖も二癖もある面々が暮らす長屋を、お花は大家の娘として取り仕切ることになります――。そんな折、萬年橋で幼なじみと再会。仕事のいざこざ、失踪した娘の探索、亡き妻の遺言状など、揉め事や悩みごとが次々と舞い込んできて……。笑いと涙が交錯する、最旬の時代小説がここに開幕です。
(『深川おせっかい長屋 胸騒ぎの萬年橋』カバー裏の内容紹介より)
ここに注目!
本作では、深川の長屋を舞台にした人情物語に挑まれています。このジャンルでは、畠山健二さんの「本所おけら長屋」シリーズが人気を博していますが、本作にも「万松」コンビを想起させるような、長屋のお騒がせコンビ「権玉(権助・玉造)」が登場し、おふざけとおせっかいで物語を賑やかに盛り上げます。
長屋には、元大奥女中のお政、魚屋の権助、鳶で火消の玉造のほか、権玉の妹分で呉服屋の女中・お奈々、権玉の兄貴分で左官の源太郎、絵師の辰信といった独り者たちが住んでいます。さらに、酒問屋の手代・佐助と元芸者の女房・おふさ、息子の小太郎一家や、油問屋の手代・お美代と娘・お松の一家、小間物屋の隠居・喜平とおりょう夫婦など、多彩な顔ぶれがそろっています。
「おせっかいしていなきゃ、死んでしまう」という、三度の飯よりもおせっかい好きな住人たちが織りなす騒動が見どころです。笑いあり涙ありの展開に、心を動かされます。
なかでも本作の大きな魅力は、主人公で「おせっかい長屋」の大家となるお花の存在です。父が営む古本屋を手伝う二十九歳の女性で、しっかり者の才女ながら、嫁ぎ遅れを気にしています。
そんなお花が、父に代わって大家業を引き継ぎ、南町奉行所・本所深川廻り同心の阿部寛三に一目ぼれしたことをきっかけに、住人たちに巻き込まれながら少しずつ“おせっかい”に目覚めていく姿が描かれています。
たとえば、役者と駆け落ちした古着屋の娘の行方を追うエピソードは、意外な展開を見せ、単なる人情話にとどまらないスリリングな構成に引き込まれます。これは、著者のストーリーテリングの巧みさと、物語に流れる痛快さのなせる業です。
本作で描かれている時代は、文政十三年(1830)三月から八月ごろまで。ちなみに、この年の12月に、天保に改元されました。
なお、表紙装画は、イラストレーターの笹井さゆりさんによるもので、江戸の長屋の風情を細やかに描き出しています。笹井さんは、「コミック乱ツインズ」(リイド社)にて、江戸の風俗を魅力的な絵と文で紹介する「江戸時代のちいさな話」を連載中の注目の絵師さんです。
書籍情報
深川おせっかい長屋 胸騒ぎの萬年橋
喜多川侑
祥伝社・実業之日本社文庫
2025年6月15日 初版第1刷発行
カバーデザイン:菊池祐
カバーイラスト:笹井さゆり
目次
第一話 涙橋
第二話 勝負
第三話 笑酒
第四話 花火
本文286ページ
文庫書き下ろし
■今回紹介した本
