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江戸藩邸の“何でも屋”の痛快な日々を描く連作小説集

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『藩邸差配役日日控』|砂原浩太朗|文藝春秋

藩邸差配役日日控砂原浩太朗さんの時代小説、『藩邸差配役日日控』(文藝春秋)紹介します。

著者は、神山藩を舞台にした武家小説『高瀬庄左衛門御留書』や『黛家の兄弟』で、時代小説ファンを虜にし、相次いで文学賞を受賞し、今最も注目されている時代小説家の一人。
その最新作は、江戸藩邸差配役を主人公にした連作形式の時代小説です。

藩邸差配役とは、藩邸の管理を中心に、殿の身辺から襖障子の張り替え、厨のことまで目を配る要の役目で、陰で“何でも屋”などと揶揄されることも。
いわば、会社における総務部長といったところです。

里村五郎兵衛は、神宮寺藩江戸藩邸差配役を務めている。陰で“なんでも屋”と揶揄される差配役には、藩邸内の揉め事が大小問わず持ち込まれ、里村は対応に追われる毎日。
そんななか、桜見物に行った若君が行方知れずになった、という報せが。すぐさま探索に向かおうとする里村だったが、江戸家老に「むりに見つけずともよい」と謎めいた言葉を投げかけられ……。

(『藩邸差配役日日控』カバー裏の紹介文より)

里村五郎兵衛は、神宮寺藩七万石の江戸藩邸で差配役をつとめています。
妻を早くに亡くし、出戻りの長女七緒と男勝りで小太刀に夢中の次女澪の三人暮らし。
時折、亡妻の妹で三十路半ばを過ぎていながらも、ゆえあっていまだ独り身の咲乃が時折屋敷を訪ねてきます。

その日は非番で屋敷にいて、昨日から風邪気味もあって午睡を決め込んでいた五郎兵衛のもとに、「若君が行方知れずに」と、副役の野田が急ぎ駆けてきました。

詰所に入ると、上を下への大騒ぎのなか、「ご差配」と叫んで、焦燥と困惑に満ちた部下たちが一度に迫ってきました。五郎兵衛は、まずは顛末を聞きます。

今年十一歳の世子亀千代は、お忍びで上野の山へ桜見物に出かけました。女中も含めて十人の供が見え隠れしながら付いていて、本郷の藩邸から程近く、毎年のように桜見には出かけていました。ところが、不忍池の周囲を散策しはじめた矢先、気づけば若君の姿が消えていたと。

若君を探すべく現場へ向かおうとした五郎兵衛は、江戸家老の大久保重右衛門に呼び出されました。

「……聞いておろうの」
「はっ」むろん、亀千代ぎみのことに違いない。その程度の推量ができなければ、差配役はつとまらなかった。大久保が満足げにうなずいてみせる。そのまま、ごく平坦な口調で発した。
「むりに見つけずともよいぞ」
 おもわず眉を寄せた。それはいったい、と問い返したかったが、大久保は煙草盆から煙管を取りあげ、口もとにはこんでいる。話は終わったということらしかった。

(『藩邸差配役日日控』 P.11より)

一刻も早く若君をお探しせよというのが、しかるべき命のはずですが、大久保が口にしたことは全くの逆でした。
世継ぎの若君がいなくなったいえば、差配役としては、知らん顔ですまされる話ではなく「探すなと言われたわけでもあるまい」と、探しに出かけました……。(「拐し」より)

不気味な江戸家老の言動。
予想をはるかに超える賑わいの上野のお山で、五郎兵衛は亀千代を見つけることができるのしょうか?
それとも、何者かに拐されたのでしょうか?
ワクワク感が高まってきて、ページを繰る手にも知らず知らずに力が入り……。

第二話の「黒い札」では、神宮寺藩御用達の商人を新たに定めるための入札をテーマに、水面下で権力争いをする江戸家老と留守居役がサスペンスタッチで描かれています。

これまで、皿や碗など奥の調度を扱う御用を請け負っていた日本橋の大店が主の病で商いを小さくすることになったため、同業の者をいくつか募り、入れ札で後任を選定しようというのですが、五郎兵衛は入れ札に書かれた値に違和感を覚えました……。

「何でも屋」
 とつぜん岩本がいった。五郎兵衛が眉を寄せると、いなすように笑って語を継ぐ。
「そう呼ばれておるらしいの」
「まあ、そのようでございます」
 苦笑まじりにこたえると、岩本が、みな分かっておらぬな、とひとりごつようにつぶやいた。
「殿のご身辺から塀の修繕まで知悉しておる唯一のお役。世辞をいうつもりはないが、差配方がおらねば当屋敷はまわっていくまい」
「……恐れ入りまする」

(『藩邸差配役日日控』 P.79より)

五郎兵衛は留守居役岩本甚内から呼ばれて、「わしのところに来るなら、重く用いよう」と声をかけられ、考えておけと申し伝えられました。

ほかには、藩邸内で働く中間や女中の食事を司る厨方にお滝と名の婀娜っぽい女中が雇われたことから始まる藩邸内で起こった騒動を描いた「滝夜叉」。
平将門の娘で、稀代の妖術使いと言い伝えられた滝夜叉姫になぞらえた女中お滝をめぐり、五郎兵衛にもある疑いが……。

藩主の正室で亀千代ぎみの生母であるお煕の方から、愛猫の万寿丸の姿が見えなくなったので、差配方に探すように命が下りました。消えた猫の行方を探す「猫不知」など、五話を収載しています。

日々藩邸内の揉め事や騒動にかかわって忙しくしている差配方とその頭の五郎兵衛ですが、帰国していた殿が病に伏せたという報せが暗い影を落としました。
後継をめぐる争いが表面化し、江戸家老派と留守居役派に二分され、五郎兵衛にも両派から誘いが……。

静謐な筆致ながら、サスペンスが最高潮まで高まっていきます。そして、痛快さも兼ね備えた抜群の読み味の良さで、多くのファンに愛される理由もわかります。

職務に真摯でありながらも家族への愛情も濃い五郎兵衛、ひたむきさとその成長ぶりがまばゆい若君、魅力的な登場人物たちと、伏線の回収も含めたストーリー展開が見事な作品で、おすすめの時代小説です。

藩邸差配役日日控

砂原浩太朗
文藝春秋
2023年4月30日第一刷発行

装画:野口満一月
装丁:関口聖司

●目次
拐し
黒い札
滝夜叉
猫不知
秋江賦

本文250ページ

文庫書き下ろし

初出:
「拐し」オール讀物2021年12月号
「黒い札」オール讀物2022年3・4月号
「滝夜叉」オール讀物2022年6月号
「猫不知」オール讀物2022年9・10月号
「秋江賦」オール讀物2022年12月号および2023年1月号

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『藩邸差配役日日控』(砂原浩太朗・文藝春秋)

砂原浩太朗|時代小説ガイド
砂原浩太朗|すなはらこうたろう|時代小説・作家 1969年生まれ。兵庫県神戸市出身。早稲田大学第一文学部卒業。 出版社勤務を経て、フリーのライター・編集・校正者。 2016年、「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞。 2018年、単...