日本のソーセージの父、レイモンを支えた日本人妻の物語

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レイモンさん 函館ソーセージマイスター植松三十里さんの文庫書き下ろし長編小説、『レイモンさん 函館ソーセージマイスター』(集英社文庫)を紹介します。

2004年に、プロ野球の日本ハムファイターズが北海道日本ハムファイターズに球団名を変えて、本拠地を札幌ドームに移しました。
日本ハムは徳島県で創業し、大阪に本社を置いていたので、地縁の薄い北海道にチームの本拠地を移すことに、当時は不安と違和感を覚えました。

本書は、大正末期から昭和にかけて、北海道で本場のソーセージ作りに奮闘した、ドイツ人マイスター、カール・W・レイモンと日本人妻コウの愛と信念を描いた物語です。

実はこの物語に、日本ハムの社長だった大社義規さんも登場します(大社さんは日本ハムファイターズの初代オーナーでもありました)。
本書を読んで初めて、北海道も日本ハムにとって縁の地であったことに気づきました。

大正末期の函館。旅館の娘コウは客のレイモンと知り合う。ソーセージ職人で缶詰の指導に来たドイツ人だ。恋した二人は天津まで駆け落ちし結婚。チェコで開いた店は繁昌するが、コウの望郷の念を察したレイモンは函館での開店を決意。だが、肉食習慣のない日本人に受け入れられず、戦争が外国人に過酷な仕打ちを……。
健康で平和な暮らしを実現しようとソーセージ作りに奮闘する夫婦の愛と信念の物語。
(カバー裏の内容紹介より)

本書は、函館の勝田旅館の娘コウが家出をして、中国の天津まで駆け落ちするシーンから始まります。相手は、ボヘミア地方のカールスバート(カルロヴィ・ヴァリと呼ばれる、現在のチェコ共和国)出身で、マイスターという国家資格をもつソーセージ職人カール・ヴァイデル・レイモン。

世界各国から客がやってくる勝田旅館で育った、コウは幼い頃から、外国に憧れを抱いてきました。世界を旅してきたレイモンと意気投合し惹かれ合います。

天津で再会した二人は、苦労した末に上海で旅券を入手し、レイモンの故郷カールスバートで結婚式を挙げ、ハムとソーセージの店を開きました。レイモンがつくり、コウと義母と義弟が売る店は評判になり、連日客が詰め掛けました。

ところが、戦争を悪と憎むレイモンは仕事を投げ出してヨーロッパ統一を目指した活動にのめり込んでいきました。一方、コウは慣れない土地で孤独感を深めていきました。

函館を出奔してから1年数ヶ月が過ぎた秋、首都が壊滅的な打撃を受けたという関東大震災のニュースが届きました。

――夫婦で函館で暮らすっていうこと?――
――そうだ。僕は君と結婚すると決めた時から、そのつもりだったし。北海道に、ちゃんとした畜産や酪農を広めたいんだ――
――ちゃんとした畜産や酪農って?――
――米や麦を作るだけでなくて、牛や豚や羊を飼って、豊かな農業を実現するんだ。北海道をスイスみたいにしたいんだよ。日本人の食生活も変えて、体格も向上させたいんだ――
(『レイモンさん 函館ソーセージマイスター』P.124より)

コウは、レイモンがヨーロッパ統一のほかにも大きな夢を抱いていたことを知ります。その一方で、函館に戻ることへの不安も伝えました。

――実は君が寂しげなのが、ずっと気になっているんだ。僕も、あちこちの国に行ったからわかるけれど、母国語じゃない言葉には、ずっと違和感がつきまとう。込み入った話ができないのはつらいだろう――
――でも函館で暮らしたら、今度は、あなたが同じ苦労をするわ――
――ちゃんとした畜産や酪農って?――
――そんなことは平気だ。どこの国でも片言でも、僕はよくしゃべるし――
(『レイモンさん 函館ソーセージマイスター』P.126より)

大正十四十一月、二人は帰国を果たし、両親も二人の仲を認め、翌春には、函館で「ハム・ソーセージ缶詰販売所」を開くことができました。

ところが、当時の日本人には獣の肉を食べる習慣がありませんでした。試食販売をしても、人びとは肉片が豚肉であることを知ると、食べずに捨ててしまいました。

やがて、迫りくる戦争が国際結婚をした二人にさらなる試練を与えます……。

本書は、コウの視点から、日本に本物のソーセージとハム作りをもたらした、ソーセージマイスター、カール・W・レイモンの波瀾に満ちた半生を描いた人物伝となっています。

子どものころから食べていたソーセージやハムが、日本人にとって当たり前の食材になるまでにこのようなドラマがあったとは新鮮な驚きがありました。

単なる偉人伝にとどまらず、NHK朝のテレビ小説の原作にもできそうな、夫婦で幾多の苦難を乗り越えていくストーリー、そして、家族の愛と葛藤、心情が描かれていくところなど、読みどころがいっぱいあります。

大正から昭和、そして平成の時代まで続く物語を、歴史時代小説として楽しむことができます。

レイモンさん 函館ソーセージマイスター

著者:植松三十里
集英社文庫
2020年3月25日第1刷発行

カバーデザイン:木村典子(Balcony)
イラストレーション:ヤマモトマサアキ

●目次
吹雪をついて
短い夏
めぐり逢い
異邦人
ドイツ軍艦
北の大地
背信の結末
無国籍
花嫁の父
薄れゆく記憶
あとがき

解説 合田一道

本文311ページ

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『レイモンさん 函館ソーセージマイスター』(植松三十里・集英社文庫)

植松三十里|時代小説リスト
植松三十里|うえまつみどり|時代小説・作家静岡市出身。東京女子大学史学科卒。出版社勤務など経て、作家デビュー。2002年、「まれびと奇談」で第9回「九州さが大衆文学賞」佳作入選。2003年、『桑港にて』で第27回歴史文学賞受賞。2009年、...