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探偵は大正の女流作家と幼い娘。第69回江戸川乱歩賞受賞作

『蒼天の鳥』|三上幸四郎|講談社

蒼天の鳥三上幸四郎(みかみこうしろう)さんの歴史ミステリー小説、『蒼天の鳥』(講談社)を紹介します。

2023年に第69回江戸川乱歩賞受賞作「蒼天の鳥たち」を改題して単行本として発行したものです。
本書では、最新の江戸川乱歩賞受賞作を掲載していることから、巻末に第69回の選考経過や選評、受賞リストや次回(第70回)の応募規定も収載されていて、ミステリー愛好者のみならず、広く賞に関心がある者にとっても、興味深いコンテンツとなっています。

大正13年。鳥取県鳥取市。女性の地位向上を目指し「新しい女」の潮流を訴える「女流作家」田中古代子は、娘千鳥と内縁の夫の3人で、友人の尾崎翠もいる東京に引っ越しをする予定を立てていた。
移住直前、活動写真「兇賊ジゴマ」の観劇中、場内で火事が。取り残された古代子と千鳥が目にしたのは、舞台上に立つ本物の「ジゴマ」だった!

目の前で「ジゴマ」は躊躇なく、人を殺す。やがて二人にも――。

(『蒼天の鳥』のカバー帯の紹介文より)

大正十三年(1924)七月、鳥取県鳥取市。
女性の自立をうったえ、“新しい女”の潮流のなかで注目される、二十七歳の女性作家田中古代子(たなかこよこ)と、7歳の娘千鳥は、活動写真「探偵奇譚 ジゴマ」を見るために、鳥取駅にやってきました。

「探偵奇譚 ジゴマ」は、十三年前の明治四十四年(1911)に日本で公開されたフランス製の活動写真で、全国で大評判になりましたが、ジゴマの真似をして盗みを働く少年少女が現れたことから、一年ほどで禁映品となっていました。

十二年ぶりに禁が解かれ、鳥取でも上映されることになったのです。

活動写真の前に、友人の作家の尾崎翠と会い、地元の文芸同人誌に頼まれていた原稿を渡しました。

「担当の人にちゃんとあずけとくから」と翠は用紙を取ると、開くことなく、自分の袂に投げいれる。
「確かめなくていいの?」
「いいよ、どうせ女の自立だとか、女の地位向上とか書いているんだろう。あんたの文章は熱くるしくていけん。夏の賀露の浜辺よりも熱くて、ギラギラしとる」
「しかたないわよ。なに書いてもそうなっちゃうんだから」
 古代子は両腕をくむと、頬をふくらませた。
 
(『蒼天の鳥』 P.19より)

東京や大阪の新聞社から連載小説の依頼が来た古代子は、さらに先に進むために、娘と内縁の夫涌島義博と三人で東京に引っ越す予定を立てていました。

劇場に切符を買って入ると、古代子と千鳥は、いちばんの前の席に誘導されて、ジゴマを大迫力で楽しむことができました。
ところが、兇賊と探偵の対決が最高潮に達しようとしたとき、劇場で火事が発生しました。

「ジゴマ……?」古代子はつぶやいた。
 火と煙につつまれた銀幕のなかから、ほんものの兇賊があらわれたのだ。
 千鳥もそのさまを見ていたのか、かすかに驚きの声をあげた。
「うん、ジゴマだよ、まちがいない!」
「まさか、ありえない……」と古代子は首を振った。

(『蒼天の鳥』 P.34より)

舞台に現れた本物の兇賊ジゴマが舞台から客席におりて、古代子らの右隣にいた若い男を短刀で刺しました。次に古代子と千鳥に方に目を向けてじりじりと近寄ってきました……。

ジゴマに襲われるそうになった古代子と千鳥は、命からがら劇場から逃れました。

 千鳥が叫んだ。「あれがほんもののジゴマなら、私と母ちゃんは名探偵ポーリンだ」
「私らがポーリン?」
 顔をあげると、千鳥がまじめな顔で古代子を見つめている。その小さなふたつの瞳は暗やみのなかで輝き、疑問と邪推もなかった。
「うん。ふたりでジゴマと戦うんだよ!」

(『蒼天の鳥』 P.38より)

娘の一言で、被害者から探偵をやることに。

鳥取駅から日本海沿いに西に20キロ離れた、浜村の家に帰ってきたふたり。ところが、古代子が生まれ育った村でもあやしい男らが目撃され、その末にジゴマが現れて、古代子と千鳥は怪しい男たちに襲われました……。

翠をはじめ、古代子の母クニ、父が創業した運送屋で働く仲仕頭の南郷、仲仕の誠と和栗、二十歳の芸妓の恵津子、小学校で千鳥を教える訓導の加村、古代子の幼馴染みの宇市とトミ子ら、多彩な人物たちが登場します。

殺しを行うジゴマは本当にいるのでしょうか? そしてその正体は何者なのでしょうか?
劇場にいた若い男は、何ゆえ、ジゴマに殺されたのでしょうか?
古代子と千鳥は、何ゆえ、何度もジゴマに襲われるのでしょうか?

謎を追って、思わず一気読みしてしまいました。

著者は、「名探偵コナン」「電脳コイル」「特命係長 只野仁」「特捜9」ほかで、30年以上、物語を作り続けてきた脚本家。
小説は初めてでも、物語づくりの名手であり、エンターテインメントのツボを知り尽くしているように思われます。

大正から昭和の初めに活躍した実在の作家、田中古代子を探偵役に据えたのが、この作品の大きな魅力の一つです。
この本に出合うまで、田中古代子のことは全く知りませんでしたが、俄然気になり始め、機会があればその作品を読んでみたくなりました。

千鳥の小さな名探偵ぶりも物語の興趣を盛り上げています。
そして、ジゴマという古びた活動写真のダークヒーローを発掘し、物語に取り込んだことも面白さの源泉になっています。

江戸川乱歩賞を受賞したミステリー小説ですが、作品に描かれる大正時代の鳥取の情景から、当時の人たちの生活や風俗、価値観などが描かれていて、歴史時代小説としても楽しめる作品です。
次回作でも歴史ミステリーを書いてほしいと熱望しています。

蒼天の鳥

三上幸四郎
講談社
2023年8月21日第一刷発行

装幀:坂野公一(welle design)
写真:Adobe Stock

第一章 兇賊
第二章 浜村
第三章 第六官
第四章 来鳥者
第五章 弁士
第六章 暗流
第七章 月の行方
終局

江戸川乱歩賞の沿革及び本年度の選考経過
江戸川乱歩賞受賞者リスト
江戸川乱歩賞応募規定

本文320ページ

書き下ろし。

■Amazon.co.jp

『蒼天の鳥』(三上幸四郎・講談社)

三上幸四郎|作品ガイド
三上幸四郎|みかみこうしろう|脚本家・ミステリー作家 1967年、鳥取県生まれ。慶応義塾大学卒業後、3年間のサラリーマン生活を経て、脚本家になる。 テレビアニメ「名探偵コナン」、「電脳コイル」、テレビドラマ「特命係長 只野仁」、「特捜9 S...