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シリーズを彩った脇役たちの物語。その前と後を描く短編集

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『契り橋 あきない世傳 金と銀 特別巻(上)』|高田郁|時代小説文庫

契り橋 あきない世傳 金と銀 特別巻(上)高田郁さんの文庫書下ろし時代小説、『契り橋 あきない世傳 金と銀 特別巻(上)』(ハルキ文庫)を紹介します。

2022年8月刊行の、『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』をもって完結した「あきない世傳 金と銀」シリーズ。この夏、うれしい知らせが2つ届きました。

一つは、NHKでドラマ化が決定し、2023年12月に放送されるとのこと。しかも、主演が大阪・堺市出身で、若手ながら芝居が上手な小芝風花さんというのもうれしく、どのような幸を演じるのか今から楽しみでなりません。

もう一つは、本書。シリーズを彩った脇役たちを各編の主役に据えた短編集の発売です。
「まずは上巻の登場です!」ということなので、下巻も発売されるようで、大いに期待させてくれます。

シリーズを彩ったさまざまな登場人物たちのうち、四人を各編の主役に据えた短編集。五鈴屋を出奔した惣次が、如何にして井筒屋三代目保晴となったのかを描いた「風を抱く」。生真面目な佐助の、恋の今昔に纏わる「はた結び」。老いを自覚し、どう生きるかを悩むお竹の「百代の過客」。あのひとに対する、賢輔の長きに亘る秘めた想いの行方を描く「契り橋」。商い一筋、ひたむきに懸命に生きてきたひとびとの、切なくとも幸せに至る物語の開幕。まずは上巻の登場です!

(本書カバー裏の紹介文より)

「風を抱く」では、五鈴屋五代目店主徳兵衛で、幸の二番目の夫であった惣次が、銀三貫とともに出奔したあとの話が綴られています。

惣次はこのシリーズで最も気になる人物の一人です。とくに、両替商井筒屋保晴と名を変えて、江戸で幸と再会した惣次は、五鈴屋徳兵衛の頃とは違う、一皮剥けた人物となっていました。いったい、どのようにして江戸を代表する両替商の一人となったのでしょうか?

 深夜、寝床に横たわり、天井を見上げて、くっくっく、と惣次は笑う。
 ゆくゆくは、あの幽霊を娶ることになるのか、と思うと、可笑しくてならない。笑いは増幅されて、惣次はとうとう呵々大笑した。
「気に入った、ほんに、気に入りましたで」
 なまじ、情やら心の通い合いやらは、ない方が良い。それに、商才に恵まれた女房など、厄介極まりないことは骨身に染みているのだ。

(『契り橋 あきない世傳 金と銀 特別巻(上)』P.34より)

延享二年(1745)、閏十二月。新六と名を変えた惣次は、銭両替商井筒屋店主が客から難癖をつけられているところに遭遇し、その客を撃退しました。鮮やかな対応ぶりを見た店主は、新六にある提案をしました。

持ち前に商才に加えて、先代主人の二代目保晴、その娘雪乃との出会いが惣次を大きく変えていくのでした。

「はた結び」は明和五年(1768)卯月が舞台。五鈴屋江戸店は創業十七年を迎えてますますの盛業ぶりです。支配人の佐助は、賄いや奥向きを手伝う女衆探しに、口入屋詣でを始めていました。
そんな中で、八ツ小路の口入屋である出会いがありました……。

はた結びとは、糸の結び方の一つで、結び目が小さくほどけにくい結び方です。
(YouTubeで動画を見るとイメージが湧きます)

「月日は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行き交ふ年もまた旅人なり」
有名な松尾芭蕉の『奥の細道』の序文から取られたタイトルが付く短編「百代の過客」では、五鈴屋の小頭役のお竹が主人公です。

明和六年(1769)睦月。針穴が見えづらくなっていて、針に糸を通すことができなくなったお竹は、来年喜寿を迎えます。名医に「年寄り眼」と診断され、若い頃の眼に戻す薬はないから、上手く付き合っていくしかないと言われ、五鈴屋を去ることを考え始めました。
懇意にしている古手商の近江屋の支配人から、江戸を引き払い郷里の近江に戻るつもりだと告げられ、ある提案がありました。

「今は容易にいかんかて、広い広い大川に、いずれ橋が架かる。歩いては行かれん、と諦めていた彼方に、何時か辿り着ける。そない思うて……」
 
(『契り橋 あきない世傳 金と銀 特別巻(上)』P.249より)

「契り橋」が描かれている時代は、明和八年(1771)睦月。
九代目店主に指名されていた賢輔は今年四十になります。同い年で友でもある、型彫師の誠二から所帯をもつことを打ち明けられ、自身の行く末を真剣に考えます。
賢輔の純愛ぶりが切なくて胸に迫る一編です。

「あきない世傳 金と銀」シリーズでは、幸の人生と五鈴屋の商いを川の流れや大海原になぞらえて、「奔流篇」「出帆篇」など、各巻のタイトルにサブタイトルが付けられています。人は川を越えるために幾多の困難を経て橋を架けてきました。本書の最後を結ぶ話のタイトルとして、橋を描いたことは的を射たもののように思われました。

この物語で描かれているのは、安永三年(1774)に架橋されることになる吾妻橋です。

契り橋 あきない世傳 金と銀 特別巻(上)

高田郁
角川春樹事務所 ハルキ文庫
2023年8月28日第一刷発行

装画:卯月みゆき
装幀:多田和博+フィールドワーク

●目次
第一話 風を抱く
第二話 はた結び
第三話 百代の過客
第四話 契り橋
巻末付録 治兵衛のあきない講座

本文313ページ
文庫書き下ろし

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『契り橋 あきない世傳 金と銀 特別巻(上)』(高田郁・ハルキ文庫)

高田郁(髙田郁)|時代小説ガイド
高田郁|たかだかおる(髙田郁)|時代小説・作家兵庫県宝塚市生まれ。中央大学法学部卒。漫画原作者を経て、2008年、『出世花』で小説家としてデビュー。2013年、『銀二貫』で第1回大阪ほんま本大賞を受賞。2022年、『ふるさと銀河線―軌道春秋...