船宿を営む美人姉妹、その正体は大江戸版キャッツ・アイ

アドセンス広告、アフィリエイトを利用しています。
スポンサーリンク

『緋あざみ舞う』|志川節子|文藝春秋

緋あざみ舞う志川節子(しがわせつこ)さんの『緋あざみ舞う』(文藝春秋)は、船宿を営む美人姉妹が実は江戸を騒がす「怪盗緋薊」という痛快時代小説です。

お店を営む美人三姉妹が実は盗賊だったという設定は、1981年より「少年ジャンプ」に連載され、1984年からテレビアニメ放映された、北条司さん原作の『キャッツ・アイ』を連想します。著者もこの作品をを意識されて書かれているようで、本書の背表紙には「大江戸版キャッツ・アイ!」というコピーも入っています。

小体ながらも繁盛している向島の船宿「かりがね」を営むお路とお律の美人姉妹。その裏の顔は「緋薊」を名乗る盗賊だった。お路は男嫌いだが、盗みに入る先の黒丸(関係者)を篭絡する術は抜群だ。一方、妹のお律は小太刀の名手だが、身分違いの武家の三男坊と恋愛中。
そんな二人の気がかりは妹(三女)のお夕の行く末。幼い頃に失明したため師匠の家に住み込みで音曲の修業に明け暮れている。三姉妹の父親はかつて山陰の浜岡藩御用達の廻船問屋の主人だったが、不可解な死を遂げていた。父の死にまつわる手がかりを見つけたお路とお律は、その謎を解き明かすために立ち上がる――。

(『緋あざみ舞う』カバー帯の紹介文より)

美人姉妹と評判の、二十六になるお路と四つ下の妹お律は、向島の小梅瓦町で船宿「かりがね」を営んでいます。大川へ注ぎ込む源森川が南へ流れを変えて横川と呼ばれるようになるあたりにあり、周辺には水戸藩下屋敷や風光明媚な眺めを売りにした料亭、商家の寮などが点在しています。

 頭巾に覆われた形よい頭、すらりと引き締まった体躯、伸びやかな四肢。お律をふちどる輪郭が、霧でうっすらと白くなった暗がりに浮かび上がっている。
 非の打ちどころのない妹の姿に見とれかけて、お路ははっとした。
「お律、お財は」
「ご案じ召さるな、姉上さま。しかと、こちらに」
 少しばかりおどけた口調で、お律が腰のあたりをぽんと叩いてみせる。固い物どうしが触れ合う音がした。主人夫婦の寝間に置かれた金箱からせしめてきた金子である。

(『緋あざみ舞う』P.5より)

お路とお律は、日本橋田所町にある両替商「井筒屋」から金子を盗み出してきました。

ところが、お律と恋仲で、瓦版屋の主を友人にもつ事情通の一ノ瀬小五郎によると、井筒屋は普段なら金蔵には三千両をくだらない金子が収まっているところ、その日は仔細があって別の場所に金子を移していて、盗み出せたのは百両ばかりで、不甲斐ない盗人だと言われてしまいます。

小五郎は、富山藩に仕える一ノ瀬家の三男で、浅草元鳥越町の剣術道場の師範代をつとめています。子どもの頃に父の手ほどきで小太刀を始めたお律がその道場に通い始めたのが二人の馴れ初めで、半年前から深い仲になっていました。

お路とお律の妹で、十六のお夕は子どもの時の病気がもとで盲目になり、神田岩本町の音曲の師匠石本織江のもとで、住み込みの弟子となり、音曲の修業に励んでいました。
裏の世界に入った姉二人にとって、末妹お夕が芸の道で独り立ちすることが望みです。

三姉妹の父、久右衛門は石見国浜岡城下で廻船問屋「黒川屋」を営んでいましたが、十年前の桜が満開の季節に、命を落としました。それは、三姉妹のその後の運命を大きく変える出来事でもありました。

盗賊の頭・綱十郎のもとで盗みを行うお路とお律の姉妹は、「井筒屋」ではお縄にならなかったものの、あてにしていた財が入ってこないしくじりだったため、端折り細工で次の盗みを働くことになり……。

「毎度のことながら、姉さんが黒丸を落とす腕前には惚れぼれするねえ」
 お律がだしぬけに声を張り、夕陽を映しはじめた障子に向かって、弓に矢をつがえるような仕草をした。

(『緋あざみ舞う』P.46より)

本書では、池波正太郎さんのように独自の言葉が使われていて、独特の世界観をつくって趣きがあります。

「細工」は盗みのことで、「端折り細工」は池波語の「急ぎばたらき」のこと。
「下地役」は「引き込み」の意味です。
とくに気に入っているのは「黒丸」。弓術の的のまん真ん中は黒丸に塗りつぶされているように、盗みに入る先で狙いとなる人物(ターゲット)を的になぞらえて籠絡することを言っています。

「薊はきれいな花を咲かせながら、容易に手折られることのないよう、棘で己が身を守っている。あたしたちも、これからは、こんなふうに逞しく生きなくては」

(『緋あざみ舞う』P.250より)

父の亡き後に、国を出た三姉妹が尼崎城下を流れる神崎川の河原の土手に咲いた薊の光景がそれぞれの胸に残ります。

幕末近くの弘化年間(アヘン戦争の数年後)の江戸を舞台に、「細工(盗み)」のかたわら、父の不可解な死の謎を解き明かして、敵を討つために立ち上がるお路とお律が連作形式で描かれていきます。
連作形式、謎解きと盗みが絶妙に絡み合うストーリー、ハラハラドキドキのサスペンスは、まさに大江戸版キャッツ・アイ。
そのせいか、読書中ずっと、杏里さんが歌う「CAT’S EYE」が頭から離れなくなりました。

何事にも真っすぐひたむきなお律と、軽薄なところもあって本心が読みにくい小五郎、二人の恋の行方も気になるところ。
ほかにも、三姉妹を陰ひなたなく支える老船頭猪蔵、敵か味方か不明の算勘指南の塚田新之丞、怪盗「緋薊」を追う瓦版屋の為次郎、「緋薊」の盗み先となる墨問屋「大和屋」の若旦那千太郎、薬種問屋「坂根屋」六兵衛ら、多彩な人物が登場し物語を盛り上げてます。

緋あざみ舞う

志川節子
文藝春秋
2024年7月10日第一刷発行

装画:室谷雅子
装丁:野中深雪

●目次

緋薊参上
夏の香り
恋の面影
冬北斗
むかしの貌
月下繚乱

本文316ページ

書き下ろし

■今回取り上げた本

志川節子|時代小説ガイド
志川節子|しがわせつこ|時代小説・作家1971年、島根県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業。2003年、「七転び」で第83回オール讀物新人賞を受賞。2013年、『春はそこまで 風待ち小路(こみち)の人々』が第148回直木賞候補に。2020年...