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織田と毛利を天秤にかけ、戦国の修羅を生きる梟雄宇喜多直家

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『涅槃 上・下』|垣根涼介|朝日新聞出版

涅槃 上垣根涼介(かきねりょうすけ)さんの長編歴史時代小説、『涅槃 上・下』(朝日新聞出版)を紹介します。

戦国の三代梟雄(きょうゆう)に挙げられる、宇喜多直家。他は斎藤道三、松永久秀。直家の代わりに、北条早雲を入れる場合もあります。

下剋上を象徴するような存在で、目的のためには奸計や殺しも厭わず手段を選ばないことから、他家の武士からは蛇蝎の如く嫌われてきました。

本書は、四人の中で、もっとも知られていない宇喜多直家にスポットを当て、少年時代から、晩年までその波瀾に富んだ生涯をドラマチックに描いていきます。

豪商・阿部善定は、没落した宇喜多家の家族をまるごと引き取る決意をする。まだ幼い八郎の中に、稀有な非凡さを見い出したがゆえである。この子であれば、やがて宇喜多家を再興できるのではと期待を寄せた。
一方、八郎は孤独な少年時代の中で、商いの重要性に早くから気付き、町や商人の暮らしに強く惹かれる。
青年期に差し掛かる頃、年上の女性・紗代と深く関わり合うことで、自身の血に流れる宿命を再確認する――八郎は、やがて直家となる。
予め定められた星の許に生まれ、本人が好む好まざるにかかわらず、
常に極彩色に血塗られた修羅道を突き進むことになるだろう。

(『涅槃 上』Amazonの内容紹介より)

天文三年(1534)初秋、備後南部の港町、鞆の津を訪れた備前福岡の豪商・阿部善定は、八郎という名の幼い子どもと出会いました。子どもの父興家は、備前の名族・宇喜多一族を率いる惣領でありながら、居城を落城させて備前を逃げ出す体たらくで、今は妻と子とともに備後の寺に居候の身。

まだほんの五、六歳ながらも八郎の中に非凡なものを見出した善定は、宇喜多家の再興を期待し、八郎を引き取って手元で育てることにしました。

善定の掛人として、孤独な少年時代を送る八郎は、商いの重要性に気づき、商人の暮らしに強く惹かれていきます。

 永久に答えが出ることのないその自己懐疑の繰り返しを経て初めて、人はこの浮世と自分との関係に折り合いをつけることが出来る。自分の居場所を見つけることが出来る。つまりそれが大人になるということでもあり、生きていくということでもある。
 
(『涅槃 上』P.84より)

天文九年(1540)、八郎は、浦上家に侍女として奉公している母・お芳の方の手配りで、八郎は浦上家に出仕することが決まりました。

「ですが、もし若くして多少なりとも自分の封土を持ち、一城の主になることが出来れば、その時は修羅の道に生きること、お覚悟を決められよ。ゆくゆくは備前一国を治めるほどの、大なる武将となられることを目指されればよろしい。自分が商人にならずとも、その城下に福岡以上の町を栄させればよろしい。わしの言うことが、お分かりか」
 
(『涅槃 上』P.141より)

善定からのはなむけの言葉をもらい、八郎は宇喜多家再興への道を歩みだします。

天文十一年(1542)、少年から青年へ向かう八郎は福岡の町を離れて下笠加村の大楽院にいる伯母のもとで、ここで育っていた四つ違いの妹、梢と一緒に三人で暮らしていました。

備前随一の巨刹、西大寺の門前町で、土産物屋を兼ねた小さな小間物店を一人で切り盛りする若い女・紗代に惹かれました。

十四歳になり、浦上家への出仕が目前に迫る八郎は、初陣で手柄を上げるべく武芸の稽古に励む一方で、紗代との関りを深めていくことに……。

上巻では、宇喜多直家(八郎)の幼年期から青年期までを物語性豊かに丹念に描いていくことで、好ましく魅力的な人物造形を実現しています。

八郎の若年期の人間形成には、阿部善定や紗代ともに、善定の用心棒で槍の師となる柿谷彦五郎の存在も欠かせないものでした。愛されて、有形無形の支えとなっています。

天文十三(1544)春、八郎は十六になり、元服して直家と名を変えていました。
そして、戦功を収めて、児島湾を望む荒蕪の地に、小さいながらも自身の城・乙子城を得て城持ちの武将となりました。

「そこで、これより宇喜多家の指針を申す。今後、我が武門が大きくなるためには、心ならずも敵対者には謀略を巡らすこともある。だまし討ちのような策を弄することもあるだろう。されど、我が家中に関する限り、わしからおぬしらの赤心を疑うことは断じてない。讒言にも耳を貸さぬ。内通したなどという風聞も、それが事実と分かるまでは信じぬ。わしからは、絶対におぬしらを裏切らぬ。このこと、しかと約定致す」
 
(『涅槃 上』P.323より)

このような指針を敢えて口にした領主はあるでしょうか。なんと爽快で、かつ家臣思いの指針でしょうか。
若き武将・直家に胸アツになりました。

下巻では、戦乱の世に、宇喜多家の生き残りを賭けて、修羅を生きる直家が描いれていきます。
新興勢力の織田と大国毛利を天秤にかけ、自身の病さえも交渉の手札とする、戦国武将の壮絶な生きざまに感動を覚えました。

世間の評判というものが実は当てにならないもので、歴史は勝者によって書き換えられるものということに気づかせてくれました。
魅力的な戦国武将に出会いました。

木下昌輝さんの『宇喜多の捨て嫁』を読み返してみたくなりました。

涅槃 上・下

著者:垣根涼介
朝日新聞出版
2021年9月25日第1刷発行

装幀・写真:大路浩実

●目次
上巻
第一章 都邑の少年
第二章 見知った他人
第三章 ごうむね城主
第四章 流転
第五章 遠き旅人

本文486ページ

下巻
第五章 遠き旅人(承前)
第六章 逃げ水の行方
第七章 涅槃

本文493ページ

ページ数は版のデータを基にしています。

初出:「週刊朝日」2017年10月13日号~2019年3月8日号まで連載。単行本化に際し、大幅に加筆修正したもの。

■Amazon.co.jp
『涅槃 上』(垣根涼介・朝日新聞出版)
『涅槃 下』(垣根涼介・朝日新聞出版)
『宇喜多の捨て嫁』(木下昌輝・文春文庫)

垣根涼介|時代小説ガイド
垣根涼介|かきねりょうすけ|作家 1966年、長崎県生まれ。筑波大学卒業。 2000年、『午前三時のルースター』でサントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞。 2004年、『ワイルド・ソウル』で、大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作...