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育ての親の稼業を継ぎ、お市は深川で私立探偵を始める

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『よろず屋お市 深川事件帖』

よろず屋お市 深川事件帖誉田龍一(ほんだりゅういち)さんの文庫書き下ろし時代小説、『よろず屋お市 深川事件帖』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)を紹介します。

著者は、「大目付光三郎」「御庭番闇日記」など痛快な活躍が楽しめるシリーズや、「日本一の商人」や「泣き虫先生」のようにユーモアを交えた市井人情もので定評があります。本書は、新境地となる、ハードボイルド時代小説となっています。

幼いころ、実の父母を殺されたお市だが、腕利きの岡っ引きだった万七に引き取られ、強くたくましく育つ。よろず請負い稼業に身を転じた万七から、体術を教え込まれてきたのだ。が、その万七が大川で不審な死を遂げた。哀しみの中、お市は稼業を継ぐ。駆け落ち娘の行方捜し、不義密通の事実、記憶のない女の身元、ありえない水死の謎――持ち込まれる難事にも、お市は生前の万七の極意を思い返し、真実を掴みとってゆく
(本書カバー裏の紹介文より)

物語の冒頭で、育ての親でよろず屋稼業の万七が大川のほとりで死体で発見されました。心の臓には短刀で刺されたと見える跡が三つ。何者かに殺されて大川に放り込まれたのか。

――あたしは独りなんだ。拾われた時に戻ったんだ。
 そう思った途端、お市は手の平で顔を拭った。
――ただ、あの時は八つだった。今は十九なんだ。独りで、生きて行ける。
お市は顔を上げた。『よろず頼みごと ねずみ屋』の看板をもう一度見た。
――独りで、ここを守っていく。
(『よろず屋お市 深川事件帖』P.26より)

お市は、長屋の大家の正吉から縁談を勧められますが、それを断って『ねずみ屋』を継ぎ、よろず請負い稼業を始めます。

よろず請負いの内容は様々。使いの代わりから、貸した金の取り立て、喧嘩の仲裁、浮気の調べ、商売敵の不正の証し探し、その中で一番多いのが人捜しです。夕餉になっても戻らない子供から、出て行った娘、消えた旦那や女房を見つけてくれというものまで。
まさに江戸の私立探偵といったところです。

お市のよろず屋の最初の仕事は、飾り職人をやっている男から、駆け落ちした娘の行方を捜してほしいというものでした。

華奢な体のお市ですが、引き取られたばかりの頃から、万七によって体術(空手と合気道を組み合わせたようなもの)を仕込まれて、ジーファーと呼ばれる琉球の簪を武器にすることも教えらえれました。

お市の探索術は、駕籠かき相手に大立ち回りをしたり、品川宿の女郎屋に乗り込んだり、アクションシーンの連続。ハードボイルドミステリーを想起させる展開で目が離せません。

よろず請負い屋稼業は、奉行所の同心や岡っ引きのように組織を持たず後ろ盾がなく、根無し草のようなもの。私立探偵と同じように、頼れるものは自分独りということで危険と隣り合わせです。

 お市はその男に鋭くジーファーを投げつけた。
「うぐっ」
 男は刀を落として下がった。しかし、残りの四人のうち、ふたりがお市に向かって来た。ひとりの刀が、お市の耳を掠めた。ぐるっと前に回転して、お市は体を入れ替えた。だが、もうひとりは、青眼に構えた刀を持って、じりじりとお市を追い込んでくる。そして相手が刀を抜いた瞬間、お市は再びジーファーを髪から抜くと、顔に向かって投げた。
(『よろず屋お市 深川事件帖』P.229より)

お市は、第三話では、武士を相手に体を張って命がけで闘います。
時代ヒーローながら強すぎない(安心して見ていられない)ところが、ハラハラドキドキを高めて興奮します。

また第四話の「水死宿命」では、万七の死と似たような状況の事件を扱い、探索の過程で男たちと闘い、ケガを負いながらも屈せずに、真相を解き明かすべく奮闘する姿に、感動を覚えます。

年相応の娘らしい揺れる心を持ちながら、困難な場面に遭遇しても、何とか乗り越えて前を向いていくお市のキャラクターに惹かれます。続編が読みたくなる時代小説ができました。

●書誌データ
よろず屋お市 深川事件帖
著者:誉田龍一
出版社:早川書房・ハヤカワ時代ミステリ文庫
2019年9月15日 発行
318ページ
ISBN978-4-15-031395-1
本体680円+税

カバーイラスト:ヤマモトマサアキ
カバーデザイン:k2
文庫書き下ろし

●目次
序章
第一話 初陣号泣
第二話 師宣恋慕
第三話 花嫁乱舞
第四話 水死宿命
終章

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『よろず屋お市 深川事件帖』(誉田龍一・ハヤカワ時代ミステリ文庫)