愛妻家の浪人が、二十年ぶりの故郷・常陸で見た夢とは

虹かかる木村忠啓(きむらちゅうけい)さんの文庫書き下ろし長編時代小説、『虹かかる』(祥伝社文庫)を紹介します。

本書は、天保十三年(1842)七月、水野忠邦による天保の改革が行われていた頃から始まります。霞ケ浦の東側にある常陸国・麻生(あそう)が舞台になっています。

かつては水戸藩士、今や素浪人の飛田忠矢は妻の散骨のため、二十年ぶりに郷里の地を踏んだ。ところが、現状を隠したくて吐いた嘘がもとで隠密と勘違いされ、麻生・新庄家から助けを乞われる羽目に。小大名の新庄家が、浪人と百姓から成る四百人の軍勢に狙われているというのだ。行きがかり上、一癖も二癖もある仲間とともに迎え撃つことになった忠矢だったが……。
(カバー裏の内容紹介より)

本書の主人公飛田(とびた)忠矢は、亡き妻秋恵の散骨をするために、二十年ぶりに常陸国に帰ってきました。陽明学に心酔していた忠矢は、叔父で水戸藩儒学者の飛田逸民(とびたいつみん)に反抗して藩を脱藩し、四十七歳の今まで仕官もできず浪人暮らしを続けていました。

長年連れ添った妻を胸の病で亡くし、家族もなく、金もない、人知れず死んでいくだけの人生と考えていました。秋恵がなぜ、大津浜に散骨してほしいと言い出したのかわからぬまま、故郷の近くの水郷潮来までやってきました。

「しょせん、俺は不器用な生き方しかできぬのだ」とうそぶきますが、一方で水戸では見知った顔と出会うということで、潮来で嘘をつき公儀の隠密のように振る舞いました。

 ふと思いついた忠矢は、
「いや……水府城に報告せねばならぬことができたものでな」
 わざと意味深な返事をした。
「お武家様は水戸様のご家中でございましたか」
 店主は忠矢をしげしげと見ながら、問いを重ねた。
「その問いには答えらえぬ。なにせ、公には口に出せぬお役目だからな」

(『虹かかる』P.8より)

忠矢は途中で立ち寄った鹿島神宮で、花火師の笹間清兵衛や手妻師の竜吉と仲間になりました。彼らの様子を窺っていた、麻生(あそう)新庄家の家中の山本槍三から水戸藩の隠密と間違われて助力を請われます。

槍三は、新庄家の当主主殿頭直計(なおかず)と南町奉行鳥居甲斐守耀蔵が諍いを起こし、甲斐守の息の掛かった者が近隣の牛堀宿に集まっているといいます。

「手前どもの家は弱小ゆえ耳目たる忍びを持ちませぬ。ここはなにとぞ、水府さまの手のお方のお方の力をお貸しいただけませぬでしょうか」
 槍三は再び額を板の間に擦り付けた。

(『虹かかる』P.32より)

牛堀宿には、三十人の浪人者が集まり、彼らに使嗾された多数の百姓と、新庄家の麻生陣屋を襲撃するという企みがありました。

忠矢は迷った末に、留守居として陣屋を守るという槍三の依頼を受けました。

そして、鹿島神宮で出会ったすご腕の隠居・向井半蔵を仲間に迎え入れることに。半蔵は、一両二分で買い求めたという無頼の若者・谷頭朋男(やがしらともお)を連れて参加しました。

さらに、武芸百般で知られる平山子竜の一番弟子を自称する、榊孫竜(さかきまごたつ)が、牛堀の旅籠で目付きの悪い浪人どもの悪だくみを聞いたと言って、浪人者が仲間に加わりたいと申し出ました。

ところが、榊は、四十代後半の貧相な小柄な男で、武芸ではなく武芸から農政・土木まで諸事を究めた学者で軍師だと。

忠矢に、作戦を立てる竜吉、元武家で花火師の清兵衛、怪力ながらノミの心臓の槍三、無外流の半蔵、弓が得意なの谷頭、軍師もどきの榊という七人の男たちが、陣屋を守るために、浪人たちに立ち向かいます。

一芸に秀でた個性派ぞろいですが、いずれも人生で深い挫折を味わった負け犬ぞろいでもありました。
人生をリセットしたい、そんな思いが伝わってきます。

 どうせ、この先もいいことなどなにひとつないに違いない。たったひとつの失敗で浮上の機会もなく、底に沈んだまま人生を終えるのは無念であったが、ほっとした気持ちもある。死んでしまえば、過去の失敗を悔やむことも、水戸藩士だったゆえに虚勢を張ることもしなくて済む。
 おまけに、死地へ赴く前に派手な花火を揚げることもできそうだ。今までは詰まらない浪人者であったが、最期は武士らしく死ねる。

(『虹かかる』P.188より)

四百人を迎撃する七人の活躍ぶりが見どころで、後半は手に汗握るシーンの連続で大興奮できます。しかも忠矢と深い因縁をもち、剣の腕も上という強力な敵役まで登場します。

読み終えた後、快いカタルシスに浸れる一冊です。

虹かかる

著者:木村忠啓
祥伝社文庫
2020年4月20日初版第1刷発行
文庫書き下ろし

カバーデザイン:國枝達也
カバーイラスト:蓬田やすひろ

●目次
第一章 散骨
第二章 七人の負け犬
第三章 こんちころ
終章 絆

本文336ページ

■Amazon.co.jp
『虹かかる』(木村忠啓・祥伝社文庫)

木村忠啓|時代小説リスト
木村忠啓|きむらちゅうけい|時代小説・作家 1961年、東京都新宿区生まれ。学習院大学経済学部経済学科卒業。 2016年、「堀に吹く風」(単行本刊行時に『慶応三年の水練侍』と改題)で第8回「朝日時代小説大賞」を受賞しデビュー。 ...