剣の道を駆け上がる、若軍鶏・幸司の青春を描く

木鶏 新・軍鶏侍野口卓さんの文庫書き下ろし時代小説、『木鶏 新・軍鶏侍(もっけい しんしゃもざむらい)』(祥伝社文庫)を入手しました。

本書は、南国・園瀬藩で軍鶏を飼いながら、藩士とその子弟たちに剣術を教える“軍鶏侍”岩倉源太夫の日常を描いた、「新・軍鶏侍」シリーズの第4作となります。

次席家老の子息の剣術指南に抜擢され、岩倉道場を継ぐ決心を固めた幸司。ところが父源太夫は中老に「御前さまに任された道場は世襲ではない」と釘を刺される。幸司の兄龍彦は遊学中で将来を嘱望される身、これで岩倉家は安泰よと、藩内から羨む声も聞こえ……(『笹濁り』)。軍鶏侍を父に持つゆえの重圧に堪え、前髪立ちの少年が剣友とともに、剣の道を駆け上がる。
(カバー裏の内容紹介より)

前作『羽化』では、源太夫が子供のころから支え、軍鶏飼育の名人であり、世の中のことを何でも知っている人生の師でもあり、忠実な友人でもあった、老下男の権助が大往生で世を去りました。

そのお別れの場面では、権助を慕って、三々五々訪れる弔問客たちの振る舞いがジーンと胸を打ちます。

「釣りが苦手な人でも、名人の気分を楽しめるときがあります」と、権助が言ったことがあった。「大雨のあとで赤く濁った川が、笹濁りになるまで待てばいいのです」
「ササニゴリ」
「笹の葉色をした濁りです」
「なぜだ」
 釣りが苦手な人が下手な人、つまり源太夫を指しているのはわかるが、事実なので怒らない。
「赤濁りになると、腹を空かせていても魚は餌を喰えません。流れの緩やかな場所に身を避けて、水の色が次第に薄まるのを待つしかないのです」
「餌が見えぬからだな」
「はい。赤濁りから茶色、それが次第に薄まり笹の葉の色になると、ようやく餌が見分けられます。腹を空かし切った魚は、待ってましたとばかり喰い付くのです。日ごろ慎重なやつでも、空腹には勝てませんから」
 
(『木鶏 新・軍鶏侍』P.13より)

源太夫は、権助のことを思い出しながら、鮠の瀬釣りを楽しみ、その教え従い、三十尾を下らぬ釣果を収めました。権助は、その言動を通して、源太夫たちの心にいつまでも生き続けているように思われます。

物語は、父源太夫の背を追い、剣の道を邁進する十四歳の息子・幸司にスポットを当てて展開していきます。

幸司が次席家老九頭目一亀の子息鶴松の剣術の相手として抜擢され、藩士の羨望や妬みを買う中で、源太夫は、中老芦原讃岐から「御前様に任された岩倉道場は世襲ではない」と釘を刺されました。

さて、タイトルにある「木鶏」は、「未だ木鶏たり得ず」(木彫りの鶏のように全く動じないものが闘鶏において最強の状態という)という言葉で知られますが、主人公の源太夫に、一亀が付けた渾名でもあります。

表紙で描かれる早瀬の鳥のイラストとともに、叙情豊かで爽やかな作品です。

カバーデザイン:芦澤泰偉
カバーイラスト:村田涼平

●目次
笹濁り
孟宗の雨
木鶏
若軍鶏
お礼肥

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『木鶏 新・軍鶏侍』(野口卓・祥伝社文庫)(第4弾)
『羽化 新・軍鶏侍』(野口卓・祥伝社文庫)(第3弾)

野口卓|時代小説ガイド
野口卓|のぐちたく|時代小説・作家 1944年、徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。 1993年、一人芝居「風の民」で第三回菊池寛ドラマ賞受賞。 2011年、『軍鶏侍』で時代小説デビューし、歴史時代作家クラブ新人賞受賞。 ■時...