猫神が人々の願いを叶える、ユーモア連作短編で楽しむ名古屋

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『おから猫』|西山ガラシャ|集英社文庫

おから猫2015年、『公方様のお通り抜け』で第7回日経小説大賞を受賞してデビューした、西山ガラシャさんの最新文庫『おから猫』(集英社文庫)は、名古屋愛がたっぷり詰まった連作時代小説です。

江戸・享保十八年(1733年)から明治四十二年(1909年)までの6つの時代の尾張・名古屋を舞台にした、6つの短編小説を収録しています。

名古屋城の南にある「おから猫神社」。猫神様に願いを叶えてもらおうと、今日もさまざまな事情を抱えた人がやってくる。葛飾北斎が名古屋入りすると聞き、ひと儲けしようと考える書林の主。「いとうさん」と呼ばれる呉服店で働くことになった、元武士の妻。納屋橋を西洋風に架け替える仕事を任された青年……。みんなの願いは叶うのか? 人々の思いと歴史が織りなす、傑作ユーモア時代小説。

(『おから猫』カバー裏の紹介文より)

名古屋城の南方、前津に、「おからねこ」とか「猫神社」という、古ぼけた神社がありました。
牛馬を束ねたくらいの大きさの獣がいて、それは動かずに寝そべっている姿が猫に似てい入ることから、「おからねこ」と呼ばれていました。
おからねこに願い事をすると、願いが叶えられたことから、噂を聞きつけた者たちが、こぞって参拝したとも。

この神社は、市営地下鉄の名城線と鶴舞線が則れている上前津駅近くにある「大直禰子神社(おおただねこじんじゃ)」という実在の神社だと言われています。

享保十八年七月、生真面目な若い畳職人の喜八は、畳替えで訪れた妓楼で、由女小(ゆめこ)という名の人気の女郎に出会い、たちまち恋に落ち、「身請けして夫婦になりたい」と分不相応な欲望が湧いてきました。そして、おから猫神社に寄って、「どうか由女小と夫婦になれますように」と必死に神頼みをしたところ……。

「猫がいる」
 思わず喜八は声に出した。白と黒の体毛で、背中の一部とおでこが黒い。妙に毛が艶やかだ。愛らしくもあり神々しさも感じる。まるで神さまと対面したような心地である。
「おれの願い事を聞いていた?」
 すると猫は短く「にゃ」と声を出した。
 
(『おから猫』「第一話 盆踊りは終わらない」 P.15より)

この話には、尾張徳川家第七代当主の徳川宗春が出てきます。

「余はの、民が笑って、生き生きと暮らせる世こそ、良い国であると思うておるのよ」
 掛け軸に「慈」の文字を書いたのは宗春である。民には常に慈しみの心を持って接したいという気持ちの表れだ。
「何事も、中庸が肝心です。江戸では、公方様が質素倹約を民に強いておりますので、尾張の賑やかさ、華やかさがきわだって見えます。まるで公儀への『あてつけ』のように思われております」
「江戸は江戸、尾張は尾張。あてつけなどと申すな」
 
(『おから猫』 P.51より)

宗春と付家老の竹腰との会話ですが、八代将軍徳川吉宗の倹約策に対して、盛り場を活性化させて積極的に経済を回していく宗春の方向性の違いがはっきりと描かれています。

名古屋人の愛する殿さま、宗春が登場し、楽しい一編です。

文化八年(1811)四月、人々は東照宮祭のからくり山車が通るのを楽しみに待っていました。特別な日に何事もないことを祈っていた町奉行の田宮半兵衛は、予想もしていなかったことに見舞われ、重大な決断をすることに……。(第二話 からくり山車と町奉行)

こちらの話には、尾張徳川家第十代当主の徳川斉朝で、将軍徳川家斉の弟で、一橋家から尾張徳川家に入った殿さまでした。

そのほかに本書には、文化十四年(1817)九月に終わりにやって来た葛飾北斎を描いた「第三話 北斎先生」、幕末の名古屋で上田帯刀の私塾で蘭学を学ぶ柳川辰助(春三)と宇都宮鉱之進(三郎)の青春を描いた「第四話 河童の友人」、人々が「いとうさん」と呼ぶ呉服店で仕立てを請け負うことになった武家女を描いた「第五話 いとうさん」と、名古屋愛がたっぷり詰まった短編が楽しめます。

「最終話 天下人の遺言」
名古屋の納屋橋の架け替えを任された若き建築家に、恩師は「まずは故きを温ねるのがよい。運河を作った人の気持ちになれば、なんだってできるさ」と助言しました。運河は、1600年代初頭に、徳川家康の命により武将の福島正則が総奉行となって作ったものでした。家康の思いが明らかになったとき、物語が動きます。

連作をつないでいくキャラクターが、背中の一部とおでこが黒い、白と黒の体毛の猫。おから猫神社に居着いた猫の一族でしょうか。その行動が愛らしくて、愛猫家ならずとも惹かれます。

名古屋人の思いと歴史が織りなす、魅力いっぱいの時代小説。
江戸時代の名古屋を描いた時代小説はほとんどない中で、読んで面白い名古屋小説に出合えたことは僥倖というほかありません。
これも「おから猫」の御利益でしょうか。今度名古屋を訪れた際はお参りしたいと思いました。

おから猫

西山ガラシャ
集英社・集英社文庫
2024年3月25日第1刷

カバーデザイン:bookwall
イラストレーション:瀬知エリカ

●目次
第一話 盆踊りは終わらない
第二話 からくり山車と町奉行
第三話 北斎先生
第四話 河童の友人
第五話 いとうさん
最終話 天下人の遺言

解説 大矢博子

本文308ページ

初出
「小説すばる」掲載の作品を、加筆修正したオリジナル文庫

第一話 盆踊りは終わらない(2020年8月号)
第二話 からくり山車と町奉行(「山車からくりと町奉行」改題、2018年1月号)
第三話 北斎先生(「おから猫」改題、2017年3月号)
第四話 河童の友人(「暴れん坊と河童」改題、2018年11月号)
第五話 いとうさん(2021年3月号)
最終話 天下人の遺言(2021年11月号)

■今回紹介した本


西山ガラシャ|時代小説ガイド
西山ガラシャ|にしやまがらしゃ|時代小説・作家1965年名古屋生まれ。 2015年、「公方様のお通り抜け」で第七回日経小説大賞受賞。2016年に同作で単行本デビュー。 ほかに『小説日本博物館事始め』(日経BP社)がある。時代小説SHOW 投...