門外漢も楽しめる、カッコいいが詰まっている中国武侠小説

『震雷の人(しんらいのひと)』

震雷の人千葉ともこさんの長編歴史小説、『震雷の人(しんらいのひと)』(文藝春秋)を紹介します。

第27回松本清張賞を受賞した作品です。

中国には、武侠小説というジャンルがあります。
近世以前の時代を舞台に、武術に長けている主人公が、義理や正義感といった己の信条に則って行動していく、エンターテインメント大衆小説をいいます。
武侠小説の代表的な作家、金庸(きんよう)の『書剣恩仇録』は、1996年に日本でも発売され、ブームとなりました。
剣が得意な主人公が活躍する、時代小説と共通する部分があります。

「書の力で世を動かしたい」。文官を目指しながら、信念を曲げず敵陣の刃に倒れた青年・顔希明。彼の許婚の采春は、興行一座に身を隠し、得意の武術を磨きながら、希明の仇討ちを計った。一方、采春の兄・張永は、希明の遺志を継ぎ、新皇帝のいる霊武へ向かう。一度は袂を分けた兄妹の運命が交差するとき、唐の歴史が動き始める――。
(本書カバー帯の紹介文より)

中国唐の玄宗皇帝の御代、将軍・安禄山が朝廷に対して叛乱を起こしました。
顔真卿の甥、顔希明は「書の力で世を動かしたい」と文官を目指していました。
親友で、平原軍の第一大隊の隊長の張永の妹、采春とは許婚の間柄で、結納を目前に控えていました。

安禄山将軍の息子・安慶緒が率いる父子軍が突然、平原を襲い、第一大隊の兵士の多くが負傷したことで、三人の若者の運命の歯車が大きく動き出しました。

「強いられて動くのではなく、人が自らの意思で動かねば意味がない。真に人の身体が動くときとは、、心が動いたときだと私は思う。ゆえに、まず人の心を動かさねば。心が動けば、身体が動く。人の身体が動けば、世が動く。しかし、そもそも人の心は何で動く?」
 これは希明の自問だ。希明は目を閉じ、再び見開いた。
「私は字だと思っている。字とはただの容ではなく、言葉も字も口にしただけの単なる音ではない。活きて、人の芯である心を打つ。ゆえに、私は文官になりたい。安慶緒の襲撃を受けたときも、そう思った」

(『震雷の人』 P.106より)

震雷の如き人になって、朝廷を動かす一握りの地位の官人を目指す希明に対して、張永は希明の側で、同じく震雷の人となって、世を動かす一端を担おうと誓いました。

ところが、顔一族は叛乱軍に捕らえられて洛陽に護送され、希明も安禄山の前で賊将と罵り、斬られて死んだと伝えられました。

許婚の死を知り、武術の達人でもある采春は家を出て、単身顔一族の囚われた洛陽を目指して馬を走らせました。

本書はカッコいいがいっぱいで、中国の歴史をよく知らない人にも楽しめます。

登場人物がみなカッコいい。希明と張永のイケメンコンビだけでなく、直情型で行動力もあって、武術も得意な采春が時折見せる女性らしさに胸キュンとなります。

怜悧な悪役ながらも、次第に心変わりしてゆく安慶緒、洛陽で知り合った舞踏一座の座長・福娘(ふくじょう)など、脇役も魅力的です。

日本人にとってなじみ深い唐の時代を舞台に、中国を二分する安史の乱を舞台にすることで、史実のもつ歴史のダイナミズムが感じられます。

戦乱の時代、武力に目が向きそうな時代に、「書の力で世を動かす」というテーマもカッコよく、物語の中で、書聖・顔真卿も重要な役割を演じます。

本書は、著者のデビュー作となりますが、冗漫さや稚拙さが感じられませんでした。
最初に武侠小説について触れましたが、上質の武侠小説=中国歴史ロマンといったストーリーに、読み味の良い文体をまとっています。
なぜか、「徹底して美文を削り落とす作業にかかろう」という藤沢周平さんの言葉を思い出しました。

そういえば、著者は、梁山泊のように、錚々たる新進気鋭の作家を輩出する、山村教室(山村正夫記念小説講座)の出身だそうです。

第2作が読める日を心待ちにしています。

震雷の人

千葉ともこ
文藝春秋
2020年9月20日第1刷発行

装画:王浣
装丁:野中深雪

●目次
第一章 烽火立つ
第二章 永字八法
第三章 辟召の契り
第四章 雲霄の奥
第五章 僧侠、現る
第六章 密約、成る
第七章 魏都、攻略
第八章 胞衣壺眠りて
第九章 不孝に非ず
第十章 大義、親を滅す
第十一章 希望の風
第十二章 震雷の人

本文314ページ

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『震雷の人』(千葉ともこ・文藝春秋)
『書剣恩仇録〈1〉秘密結社紅花会』(金庸著・岡崎由美訳・徳間文庫)

千葉ともこ|時代小説ガイド
千葉ともこ|ちばともこ|時代小説・作家 1979年、茨城県生まれ。筑波大学日本語・日本文化学類卒業。 2020年、『震雷の人』で、第27回松本清張賞を受賞しデビュー。 ■時代小説SHOW 投稿記事 ■著者の...