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江戸の人びとをトリコにする、「パン屋」開店奮闘記

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『大江戸ぱん屋事始』|大平しおり|角川文庫

大江戸ぱん屋事始大平しおりの文庫書き下ろし時代小説、『大江戸ぱん屋事始』(角川文庫)を紹介します。

著者は、『リリーベリー イチゴショートのない洋菓子店』(メディアワークス文庫)でデビューし、主にライトノベルで活躍されている作家さんです。
最近、ノベル出身の作家さんが時代小説にトライして活躍されている傾向が見られます。
人物造形が巧みなうえに、ストーリー展開がスムーズで読みやすい上に、ライトノベルの読者を時代小説に連れてきてくれる、時代小説の読者を増やすという点で、期待したい動きです。

長年仕えていた油屋をいわれのない疑いによって去ることになった喜助。失意のうちにいたが、自身の経験から“米に代わる常食”を作って商うことを思いつく。そんな折、見聞を広めるために訪れた長崎で出会った「ぱん」。これこそ米の代替食になると感じた喜助は、帰府してすぐに同じものを作ろうとする。しかしどうしても「ふわふわ」にならない……。果たして江戸で「ぱん」は焼けたのか。前代未聞、江戸の「ぱん屋」開店記!

(『大江戸ぱん屋事始』カバー裏の紹介文より)

文化二年(1805)。
日本橋音羽町の老舗油屋「樺屋」に奉公してもうすぐ十年になる手代の喜助。
仕事はできるが執念深い番頭の六兵衛に疎まれ、いわれない疑いをかけられて見世を辞めるように追い込まれました。

突然仕事も暮らしも失って失意の喜助を、友人で医者の見習い清吉は、小料理屋「ゐの屋」に連れていき、天ぷらをごちそうして励ましました。
ゐの屋は、樺屋で喜助が油を納めている店でしたが、食事に行くのは初めてでした。仏頂面にねじり鉢巻きで、地蔵のように黙って天ぷらを揚げている主人と、よく動きよく笑う看板娘のおりんの二人で切り盛りしている、気の置けない見世です。

奥州南部領の三雲村出身の喜助は、故郷にも帰りづらく、給金を貯めていた十両を元手に、漠然と何か食べ物を扱う商売を始めようと考えていました。

飢饉のさなかに生まれて、津波で家で持っていた舟と田をいっぺんに失った喜助は、父から「まんず生き延びろじゃ、黄佐。それが叶ったら、人を生き延びさせられる人間さなれ」と言われて育ちました。
そして、人を助けるものは、第一に食べ物で、それが満たされなければ幸いを得ることはできないと、身に染みてわかっていました。

「きっとまた飢饉は起きますよね。こうなったら、その日のためにわたしは少しでも用意をしておきたいんです」
「用意って?」と、おりんが優しい目をして問う。おかしなことを言いだしたと思われていないことを祈りながら、喜助は初めて口に出す。
「誰も飢えないような食べ物を作りたいんです。たとえば、干し飯のように何日も保ち、握り飯のようにすぐ食べられるもの。米がなくなったときでも困らない……米に代わる作物」
 
(『大江戸ぱん屋事始』 P.15より)

おりんは、喜助に世の中にどんな食べ物があるのか、江戸を出てもっと見聞を広めた方がいいと勧めました。折から、長崎に医術を学びに行く清吉の小者という形で旅に出ることなりました。

二人は、長崎で川越の材木問屋の主人と出会い、新しい食べ物の店を始めたいという喜助をできる限り応援したいと申し出ました。そして、出島の中でどんなものが食べられているか見てくるための機会を作ってくれました。

 喜助は月代のてっぺんまで赤らめて一礼すると、そのかけらをそっと口に入れた。そうしてしばし立ち尽くす。ふんわりとした、その食感と香りを味わいながら。
「なんと、新しい……」
 ほのかに甘いような、それともしょっぱいような、えもいわれぬ味が口の中に広がる。かすかな香ばしさとともに、米のような甘い匂いさえ感じ、幸せだと思った。
 そう、幸せだ。
 
(『大江戸ぱん屋事始』 P.85より)

長崎・出島で、「ぱん」と巡り合った喜助は、ぱんの良い香りを江戸でも漂わせたい、あのふわふわにみんなが驚き喜ぶ顔が見たいと思いました。

すぐに江戸へ戻った喜助は、ぱん作りを始めますが……。

失敗の連続でなかなか上手くいかず、試行錯誤を繰り返すさまが事細かに描かれていて、喜助を応援したくなります。
菓子会社での勤務経験があり、著書に洋菓子を題材にした小説がある作者ならではのリアルな描写は、本書の読みどころのひとつとなっています。

食べ物を粗末に扱うことに慣れず、真面目で誠実な喜助。やっかみ、疎む者がいる一方で、そんな喜助を好ましく思い、助ける人もいました。

物語は、喜助の故郷での話や、生計のために始めた揚げ菓子売りの失敗談、元の奉公先との縁、江戸を襲う災害などを絡めて、「ぱん屋事始」は一気読み必至の面白さです。
続編が出たらぜひ読みたい、シリーズ化してほしい時代小説がまた一つ生まれました。

本書のことを書いていたら、おいしいパンが食べたくなってきました。

大江戸ぱん屋事始

大平しおり
KADOKAWA・角川文庫
2024年3月25日初版

カバーイラスト:中島梨絵
カバーデザイン:二見亜矢子

●目次
第一章 花と揚げ菓子
第二章 長崎の邂逅
第三章 大江戸商い事始
第四章 ふわふわはいずこ
第五章 光明

本文265ページ

文庫書き下ろし

■今回紹介した本

大平しおり|時代小説ガイド
大平しおり|おおひらしおり|小説家 岩手県盛岡市出身。 菓子会社、博物館勤務を経て、2013年『リリーベリー イチゴショートのない洋菓子店』でデビュー。 時代小説SHOW 投稿記事 著者のホームページ・SNS →大平しおりの本(Amazon...