徳川の足軽、出世を重ねて寄騎に。今度は長篠で武田に倍返し

『三河雑兵心得 弓組寄騎仁義』|井原忠政|双葉文庫

三河雑兵心得 弓組寄騎仁義井原忠政(いはらただまさ)さんの文庫書き下ろし戦国小説、『三河雑兵心得 弓組寄騎仁義』(双葉文庫)をご恵贈いただきました。

村を飛び出した若者・茂兵衛が家康の家臣の足軽となって、戦を通じて出世を重ねていく「三河雑兵心得」シリーズの第4巻です。

ついに騎乗の身分となった茂兵衛に嫁取りの話が舞い込んだ。ありがたいが、綾女に心を残す茂兵衛としては複雑である。そんな果報者の屈託をよそに、主君家康は苦境に立たされていた。武田軍の謎の撤退により辛うじて死地は脱したものの、籠城の助言を無視して大敗した家康に向けられる信長の目は冷たい。隠忍自重の日々を送る中、信玄の跡を継いだ勝頼が再び攻めてきた。長篠城が囲まれるが、信長からは出陣するなという報せが届く。家中の猛反発に家康はどう答えをだすのか? 戦国足軽出世物語、新章突入の第4弾!
(カバー裏の内容紹介より)

三方ヶ原の敗戦から半年が過ぎた、元亀四年(1573)五月。
足軽生活を十年続けた植田茂兵衛は、この四月に松平善四郎が率いる先手弓組の筆頭寄騎に出世しました。

先月、武田信玄軍は謎の撤退を開始し、甲府に帰っていき、信玄死亡の噂も囁かれるなかで、その後継者・勝頼との大戦に備えて、馬に慣れていない茂兵衛は、やはり乗馬が苦手な善四郎と乗馬の鍛錬を重ねていました。

「なあ、茂兵衛よ」
「はッ」
 茂兵衛は手綱を引き、青毛馬の歩みを止めた。
「貴公、幾つだ?」
「この正月で二十七になり申した」
「嫁は、貰わんのか?」

(『三河雑兵心得 弓組寄騎仁義』P.10より)

七十五貫の俸給を受けて屋敷を構え、馬一頭に奉公人二人を抱える身となった茂兵衛に、嫁取り話が持ち上がりました。

ところが、茂兵衛は、今は寡婦となり旧主田鶴姫の塚守をしている綾女(あやめ)のことが忘れられずにいました。

天正二年(1574)五月、難攻不落といわれた高天神城が勝頼率いる武田軍によってわずかひと月で攻め落とされ、援軍を送らずに見殺しにした家康の評判は、遠江国内では地に落ちていました。

汚名挽回に家康が狙ったのが、長篠城の南西二里半にある、野田城という小城の攻略でした。信玄が人生最後に落城させた城でもありました。

天正二年十月、善四郎と茂兵衛は家康の命で野田城攻めに加わりました。

茂兵衛が加わる徳川軍が、最大最強の敵、武田軍との雌雄を決する時、長篠の合戦が迫ってきました。

文庫書き下ろし時代小説のほとんどは、江戸時代(とくに後期以降)を舞台にしていて、戦国時代を描いた作品はきわめて少なく、本書はその点でも貴重です。

史実を押さえながら、主人公の活躍を描いていくことが難しいのです。
痛快ヒーローにしてしまうと、歴史を変えてしまう恐れさえも出てきます。

乱世の中で、勧善懲悪や儒教的な倫理観が至上の価値観となっていないことも物語を創作しづらくしているように思われます。

本書の面白さの一つは、主人公を武将ではなく、軍隊では最下層の雑兵であり足軽に設定したことにあります。
しかも、最後には天下を取る徳川軍団にしたことによって物語を長く楽しめ、足軽から見た、家康や徳川家臣団の姿も新鮮に映りました。

戦国ヒーローの条件の一つは、しぶとく生き残ることかもしれません。
茂兵衛も戦場で死なないという強烈なバイタリティーが評価されて、善四郎から嫁取りを勧められます。

血だらけの戦場を描きながら、等身大の雑兵たちの汗だく泥まみれの奮闘、野放図な生命力から、ユーモアや哀感が醸し出されていて、癖になる読み味です。

三河雑兵心得 弓組寄騎仁義

井原忠政
双葉社 双葉文庫
2020年11月15日第1刷発行

カバーデザイン:高柳雅人
カバーイラストレーション:井筒啓之

●目次
序章 三人目の男
第一章 茂兵衛、故郷に錦をかざる
第二章 不信なり三河守
第三章 長篠城の英雄
第四章 鳶ヶ巣砦の奇襲
終章 帝国の黄昏

本文284ページ

文庫書き下ろし

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井原忠政|いはらただまさ|時代小説・作家 神奈川県鎌倉市在住。会社勤務を経て文筆業に入る。 ■時代小説SHOW 投稿記事 amzn_assoc_ad_type ="responsi...