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何故、浅野内匠頭は吉良上野介を松の廊下で斬りつけたのか?

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『あの日、松の廊下で』|白蔵盈太|文芸社文庫

あの日、松の廊下で白蔵盈太(しろくらえいた)さんの文庫書き下ろし時代小説、『あの日、松の廊下で』(文芸社文庫)を入手しました。

著者は、2020年に「松の廊下でつかまえて」(文庫書籍化にともない『あの日、松の廊下で』に改題)で、第3回歴史文芸賞最優秀賞を受賞しました。
同賞は商業出版のほかに自費出版を行う文芸社の主催で、新人作家の登竜門として、コンテスト形式で行われます。

「殿中でござるってばァ……」そう発することになってしまった旗本・梶川与惣兵衛は、「あの日」もいつもどおり仕事をしていた。赤穂浪士が討ち入りを果たした、世にいう「忠臣蔵」の発端となった松の廊下刃傷事件が起きた日である。江戸中を揺るがす大事件の目撃者、そして浅野内匠頭と吉良上野介の間に入って人物として一躍注目されるようになった彼は、どんな想いを抱えていたのか。江戸城という大組織に勤める一人の侍の悲哀を、軽妙な筆致で描いた、第3回歴史文芸賞最優秀賞受賞作。

(本書カバー裏の紹介文より)

「忠臣蔵」は、多くの時代小説で描かれてきました。
しかしながら、ほとんどの作品では大石内蔵助に率いられた赤穂浪士たちの吉良邸討ち入りをクライマックスに描くことが多く、江戸城内松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野介に斬りつけた事件に焦点を当てた小説はあまりないように思います。

少し不思議ですが、実は江戸城内での刃傷事件は、大きなものだけでも7件もあったそうです。大老堀田正俊、老中井上正就、若年寄田沼意知ら幕閣の要人が殺害されました。

 あの時、浅野内匠頭様は、本当は関西弁でこう言ったのだ。
「おどれぁ何しとんじゃ。このボケカスがぁ!」

 だが、その言葉をそのまま日記に残すわけにはいかなかった。梶川与惣兵衛はしばし中空を見上げて、適切な言葉を探した。
 
(『あの日、松の廊下で』 P.3より)

本書は、大奥御台所付き留守居番の役職にある、七百石の旗本、梶川与惣兵衛を語り手に物語が展開します。

与惣兵衛は、加害者の浅野内匠頭と被害者の吉良上野介の二人と、三カ月あまり、一緒に仕事をしてきて、さらに、事件の現場に偶然居合わせた、数少ない目撃者のひとりでした。目撃者としてばかりでなく、「殿中でござる、殿中でござるぞ」と叫んで浅野内匠頭を背後から抱き止めた事件の参加者でもありました。

 あの時、浅野内匠頭様は、本当は関西弁でこう言ったのだ。
「おどれぁ何しとんじゃ。このボケカスがぁ!」

 だが、その言葉をそのまま日記に残すわけにはいかなかった。梶川与惣兵衛はしばし中空を見上げて、適切な言葉を探した。
 
(『あの日、松の廊下で』 P.3より)

与惣兵衛は日々の出来事をずっと日記に書いていました。
刃傷事件が起きた元禄十四年(一七〇一)三月十四日の日記だけ書かないのも、「日記にも書き残せないような重大な陰謀が事件の裏に隠されているのではないか」などと、無用の勘ぐりをされてしまいそうで、悩んでいました。

 私はつくづく、運のない男だ。
 なぜ、私はこんな因業な仕事に巻き込まれてしまったのだろうか。
 どうやら私はこの仕事を、最後まで投げ出してはいけないらしい。
 
(『あの日、松の廊下で』 P.15より)

与惣兵衛は、自分でもなんだかよくわからない、責任感のような、怒りのような、得体のしれない情念に導かれて、日記を書き残していくことに。

ユーモアとペーソスを交えた軽妙な筆致で、勅使饗応役の準備期間中に起こった様々な事件が綴られ、新感覚の時代小説になっています。
忠臣蔵の前史ともいうべき、浅野内匠頭による殿中刃傷事件の真相が明らかになっていきます。新視点から描いた興味深い一冊です。

「あの日、松の廊下で」というタイトルが、昔の文芸翻訳書みたいで気に入っています。
(受賞時のタイトルは、「松の廊下でつかまえて」! サリンジャーみたい)

あの日、松の廊下で

白蔵盈太
文芸社・文芸社文庫
2021年4月15日初版第一刷発行

カバーイラスト:龍神貴之
カバーデザイン:谷井淳一

●目次
一、元禄十四年 三月二十八日(事件の十四日後)
二、元禄十三年 十二月十五日(事件の三か月前)
三、元禄十三年 十二月十六日(事件の三か月前)
四、元禄十三年 十二月十七日(事件の三か月前)
五、元禄十三年 十二月十八日(事件の三か月前)
六、元禄十三年 十二月二十五日(事件の二か月半前)
七、元禄十四年 一月十日・その1(事件の二か月前)
八、元禄十四年 一月十日・その2(事件の二か月前)
九、元禄十四年 一月十六日(事件の二か月前)
十、元禄十四年 一月十八日(事件の二か月前)
十一、元禄十四年 一月二十日(事件の二か月前)
十二、元禄十四年 一月二十六日(事件の一か月半前)
十三、元禄十四年 二月一日(事件の一か月半前)
十四、元禄十四年 二月十一日(事件の一か月前)
十五、元禄十四年 二月十六日(事件の一か月前)
十六、元禄十四年 二月二十一日(事件まであと二十二日)
十七、元禄十四年 三月一日(事件まであと十四日)
十八、元禄十四年 三月九日(事件まであと五日)
十九、元禄十四年 三月十一日(事件まであと三日)
二十、元禄十四年 三月十三日(事件まであと一日)
二十一、元禄十四年 三月十四日・その1(事件当日・朝)
二十二、元禄十四年 三月十四日・その2(事件の瞬間)
二十三、元禄十五年 十二月十五日(事件の一年と九か月後)

本文310ページ

文庫書き下ろし。

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『あの日、松の廊下で』(白蔵盈太・文芸社文庫)

白蔵盈太|時代小説ガイド
白蔵盈太|しろくらえいた|時代小説・作家1978年、埼玉県生まれ。2020年、「松の廊下でつかまえて」(文庫刊行時に『あの日、松の廊下で』に改題)で、第3回歴史文芸賞最優秀賞受賞。2024年、『実は、拙者は。』(双葉文庫)で、2024年啓文...