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第12回日本歴史時代作家協会賞シリーズ賞受賞!人情時代小説

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『家族 名残の飯』|伊多波碧|光文社文庫

家族 名残の飯実は、最近、犬や猫が登場する時代小説に惹かれていて、愛らしい姿の描写を読んでいるだけで癒されています。
伊多波碧(いたばみどり)さんの文庫書き下ろし時代小説、『家族 名残の飯』(光文社文庫)は、犬に加えて猫も出てくるので、普段以上に読書を楽しんでいます。

本書は、母娘が営む、隅田川縁の橋場の渡し近くの一膳飯屋を舞台に、その店に集う者たちの人間模様を描いた、人情市井小説シリーズの第4弾。
著者は、この「名残の飯」シリーズで、第12回日本歴史時代作家協会賞シリーズ賞を受賞しました。
これまでの3作は短編連作形式でしたが、今回は長編形式となっています。ポイントの一つは、長編になっていることで、より深く物語が楽しめるようになっています。
連作と長編では、物語の作り方が違ってくるので、著者の力が試されるので、心して読みたいものです。

「橋場の渡し」近くにある一膳飯屋『しん』。飛脚問屋の元美人女将と娘の二人が訳あって営むことになった、その店の近所で火事が起きた。それまで支えあってきた橋場町の住人たちの間に不穏な空気が漂う。同じ頃、奥州からやはり訳ありの一人の女が江戸に戻ってきた。犬に詳しいその女の正体が明らかにあった時、人の心が揺れ出す――。人情が染みる、新展開のシリーズ第四弾。

(本書カバー裏の紹介文より)

一膳飯屋『しん』の近くの火事が起きました。青物市場に仕入れに出ていた平助と健志郎は急いで店にもどり、店は被災を免れ、おしげとおけいの無事も確認しました。
火元となったのは、商家の隠居夫婦の又兵衛とおれんでした。

おけいと健志郎が火事見舞いに行くと、又兵衛とおれんの家は全焼していましたが、両隣とその先の家は燃えなかったようですが、無残に取り壊されていました。延焼を防ぐために火消しがやったのか、屋根も壁もすっかり崩れ落ちていました。

おれんは差し入れのおにぎりを近所に配っていましたが、又兵衛は飼い猫ミイがいなくなったと、騒いで探しに出ていました。自分たちが焼け出されたこと以上に、大事な猫がいなくなったことに動揺しているように見えます。

火事のせいで大事な家が取り壊された隣近所の者たちの顔は晴れず、すぐに気持ちを立て直せないのは人情。しかも家を建て直すには大工を頼まねばなりませんが、借家住まいで手間賃を払うのは家主だとしても、家財は自分持ちです。わざと火をつけたのでなければ火元の家に弁償させるわけにもいきません。隣近所の者はみな恨みがましい顔をしていました。

「おけいさん、わたしはこのままここに残ってもよろしいでしょうか」
 健志郎が伺いを立ててきた。
「仮屋作りを手伝うんでしょう。もちろんですよ。平助さんにも伝えておきます。後であなたの分のお弁当も持ってきますね」
「ごめんなさいね、大事な働き手を借りてしまって」
「いいんですよ。わたしたちのほうこそ、いつもよくしていただいて感謝しているんですから」
 恐縮顔で頭を下げようとするおれんを目顔で制し、おけいはかぶりを振った。
 
(『家族 名残の飯』 P.67より)

火事騒ぎの起こる少し前、橋場の渡しにえつよがやってきました。二十九のえつよは九年ぶりに江戸に舞い戻ってきたのでした。親兄弟からは縁を切られているので、今さら顔を出すつもりはなく、名を変えて、天涯孤独の女として江戸で生きていくためです。

渡し場に立っていると、舟に焦げ茶色の犬を乗せた船頭がやってきました。船頭は六助で、犬は茶太郎という名です。同僚の船頭から、火事が起こったことを聞いた六助は舟を戻して火消しを手伝いに行くというのです。

えつよは、茶太郎の面倒をみることを申し出て、六助の長屋の部屋でで茶太郎と、六助の帰りを待っている間に、茶太郎に水を飲ませたり、首に紐をつけ散歩に連れ出したりしました。

散歩から戻って来ると、ちょうど六助も腕に丸々と太った茶トラの猫を抱いて戻ってきました。火傷して鼻の頭から血を出して、しょんぼりとしている猫を放っておけず、えつよは手当をします。元気そうに見えても、火傷はやっかいで、急に具合が悪くなることあり、油断はできません。

「ともかく明日の夕方まで様子を見てください。何ともなければ大丈夫。十日ほどで治りますよ。ああ、そうだ。少し薬を置いていきますね。朝と夜につけてやってください」
 えつよは台所の小皿を借り、傷薬を乗せた。六助に手渡してから、荷物を背負い、土間へ下りた。
「では、あたしは行きます。お世話になりました」
 寝床にいた茶太郎が起き上がり、尻尾をひと振りした。甘えたような顔でえつよを見上げる。
「じゃあね」
 しゃがんで話しかけると、茶太郎は目を細めた。前肢を持ち上げ膝にかけてくる。鼻先に犬の匂いがしてくすぐったい。
 
(『家族 名残の飯』 P.46より)

えつよは、猫の看病をする代わりに、六助の家で居候になることになりました。
六助の長屋の住人たちは、えつよを犬医者と勘違いしたことから、事件が…。

奥州から江戸に舞い戻ってきたえつよの出現で、物語は大きく進展します。
本書が短編連作形式ではなく長編となっている意味が次第に明らかになっていきます。

えつよが面倒をみる犬の茶太郎と猫のミイの存在が、人々に癒しを与えて、優しい気持ちにさせてくれます。(そういえば、表紙装画にも茶太郎が描かれています)

辛いとき、泣きたいとき、本書を読むと、ちょっとだけ優しくなれて、少しの勇気が湧いてきます。

「生きていてくれてありがとう」
登場人物の一人の言葉ですが、一生分泣き尽くすような悲しい思いを経験し、時間をかけてそれを乗り越えて生きてきたからなのでしょう。〈しん〉の家族がまた集まる日も近いように思えて、心がじんわりと温かくなってきました。

家族 名残の飯

伊多波碧
光文社・光文社文庫
2023年7月20日初版第1刷発行

カバーデザイン:泉沢光雄
カバーイラスト:立原圭子

●目次
第一話 家族
第二話 勘違い
第三話 屈託
第四話 孝行

本文261ページ

文庫書き下ろし。

■Amazon.co.jp
『橋場の渡し 名残の飯』(伊多波碧・光文社文庫)(第1作)
『みぞれ雨 名残の飯』(伊多波碧・光文社文庫)(第2作)
『形見 名残の飯』(伊多波碧・光文社文庫)(第3作)
『家族 名残の飯』(伊多波碧・光文社文庫)(第4作)

伊多波碧|時代小説ガイド
伊多波碧|いたばみどり|時代小説・作家 新潟県生まれ。信州大学卒業。2001年、作家デビュー。 2005年、文庫書き下ろし時代小説集『紫陽花寺』を刊行。 2023年、「名残の飯」シリーズで、第12回日本歴史時代作家協会賞シリーズ賞を受賞。 ...