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三人の友情は、天に通じるのか。胸を熱くする中国歴史小説

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『戴天』|千葉ともこ|文藝春秋

戴天千葉ともこさんの中国歴史小説、『戴天』(文藝春秋)を紹介します。

2020年、中国・唐の安禄山の乱の時代を描いた中国歴史小説、『震雷の人』で、第27回松本清張賞を受賞してデビューした、新進気鋭の小説家の第二弾です。

唐・玄宗皇帝の時代。皇帝は政治を疎かにし、宮廷では佞臣が暗躍していた。身体を欠損し失意のうちに従軍した崔子龍は、権勢を振るう宦官・辺令誠の非道に憤り、天童と謳われた真智は、義父の遺志を継いで皇帝を糺そうとしていた。そこへ、安禄山挙兵の報が届く。彼らの闘いは、この国をどこへ導くのか――。

(本書カバー帯の紹介文より)

長安の西市で、いつも英雄ごっこに興じていた、八歳の少年、崔子龍と王勇傑、六歳の少女、杜夏娘の三人。遊戯では、崔子龍は三国志の趙雲、王勇傑は眷属の鬼を操る増長天、杜夏娘は女仙を統べる西王母を演じ、思い思いに好きな英雄になりきっていました。

長じると、王勇傑は、朝廷で民のための仕事をするために、貢挙登第(合格)を目指して、熱心に高官へ詩を送っていました。
崔子龍は、相手が役人であろうと理不尽を許さない、暴行の場に居合わせれば、相手がならず者だろうと武将だろうと立ち向かう、義に篤い勇侠として、長安西市の趙雲と呼ばれ、名を知られるようになっていました。

名門の嫡男となった崔子龍は、毎日のように届く縁談を断り、「夏娘以外の娘とはおれは契らぬ」と言い続け、杜夏娘も「わたくしはあなたと一緒に走れる」と、崔子龍に自分の思いをはっきりと伝えていました。

時は流れて、天宝十載(751)。齢二十三の崔子龍は、唐国からはるか西、天山山脈を越えたさらに先の怛羅斯河畔にいました。
唐軍四万と黒衣大食(アッパース朝イスラム帝国)三万が激突する戦場に、辺境で戦う軍が功を偽らぬように監視をするために配備された機関、監軍の蠅隊を率いていました。
長たる監軍使を宦官が拝命し、配下にも宦官の兵が混じっていました。

 見回すと、人馬ともに立っているものはまばらになっていた。赤く染まった地に、兵の遺体が折り重なるように転がっている。
「唐は負けたのか」
 紅く震えるような夕陽が、地平線に沈んでいく。その紅色に溶けていくように、黒衣大食の軍が引いていく。

(『戴天』 P.25より)

唐は味方の裏切りに遭い、万を超える死者を出して敗れました。

「どうやら私が見た男は今、臥した龍となっているようだが、傷が癒えればやがて天にも臆せず飛翔するだろう。そう信じている」
 高仙芝は自身の厚い胸を叩き、その拳を崔子龍の胸に当てた。
「英雄とは、戴いた天に臆せず胸を張って生きる者だ。お前には何も恥じるものはないはずだ、崔子龍」

(『戴天』 P.25より)

性器の一部を欠損して失意のうちに監軍に加わった崔子龍は、過去の功績が偉大で、自分と容貌が似ているといわれる唐国の総大将、高仙芝に強く魅了されていきます。

ところが、唐軍の監軍使の辺令誠は、唐軍の大敗を仕組んだばかりか、友軍の裏切りの兆候を示した崔子龍の進言を退け、彼を撤退戦で最も危険な隘路に送り込み、刺客まで送り込みました。

窮地を逃れた崔子龍は、非道の限りを尽くす辺令誠の寝込みを狙いますが、仕損じて軍から逃げ出すことに……。

天宝十四載(755)十一月。
若き僧侶真智は、宰相楊国忠の不正を糺すため、その証拠となる記録を献上するため、玄宗皇帝が滞在する驪山の温泉地の宮殿、華清宮にやってきました。

走ることが得意な真智は皇帝に近付くため、陛下の御前で行われる、官奴婢の競走に参加することなりました。上位の者には陛下が望みを叶えてくださると。

真智は、驪山の山頂まで往復する競走で、女性でただ一人参加している、夏蝶という美婦と出会います。
驚くべき足の速さを持つ夏蝶は、、具合が悪そうにしている者がいれば、立ち止まって薬と水を惜しげもなくあたえてしまう、人助けをしながら、軽々と走っていきます。

「山育ちでもないのに、ずいぶんな健脚ですね」
 山神のように駆け上がっていく背に、真智は訊いた。
「風が」
 山の冷気に身を晒すように、美婦は背筋を伸ばす。
「走ると身体のなかに風が吹くのです。とめどなく幸せな気持ちがあふれて、羽が生えたように身体が軽くなる」
 分るでしょう、と振り向いた。
 
(『戴天』 P.92より)

波瀾万丈の物語は、崔子龍、真智、夏蝶を中心に展開していきます。
辺令誠や高仙芝、蟻隊の隊長・牛蟻、蠅隊の副隊長・羊暗らの登場人物の造形も見事。
戦闘場面の臨場感、友情と裏切りの連続で、巧みに構成された物語世界に引き込まれます。

楊貴妃に玄宗皇帝、安禄山……、日本人にも馴染みのある中国唐代を舞台にし、虚構の人物の活躍と史実がシンクロしてゆき、中国歴史のダイナミズムに胸が熱くなる、エンターテインメント小説。
文章が細部まで吟味されて綴られていて、過不足なく丁度いい文章量が心地よく、読み味最高です。

戴天

千葉ともこ
文藝春秋
2022年5月10日第1刷発行

装画:山田章博
装丁:野中深雪

●目次
序章
第一章 蠅と蟻
第二章 走る民
第三章 満月のうら
第四章 籬のなか
第五章 枉と言え
第六章 戴天

本文368ページ

書き下ろし

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『戴天』(千葉ともこ・文藝春秋)
『震雷の人』(千葉ともこ・文春文庫)

千葉ともこ|時代小説ガイド
千葉ともこ|ちばともこ|時代小説・作家 1979年、茨城県生まれ。筑波大学日本語・日本文化学類卒業。 2020年、『震雷の人』で、第27回松本清張賞を受賞しデビュー。 2022年、『戴天』で、第11回日本歴史時代作家協会賞新人賞受賞。 時代...