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新米見習与力と上野の桜を断った浪人。又兵衛の情ある影裁き

『はぐれ又兵衛例繰控(五) 死してなお』|坂岡真|双葉文庫

はぐれ又兵衛例繰控(五) 死してなお坂岡真(さかおかしん)さんの文庫書き下ろし時代小説、『はぐれ又兵衛例繰控(五) 死してなお』(双葉文庫)を紹介します。

南町奉行所の例繰方与力をつとめる平手又兵衛は、奉行所内で「はぐれ」と呼ばれる変わり者です。内勤の町方役人の又兵衛が、表立って裁けない悪に対して、陰で密かに懲らしめる、痛快シリーズの第5弾です。

又兵衛の義父、都築主税自慢の銘刀が、殺された札差の屍骸のそばで見つかった。どうやら又兵衛の知らぬうちに、小十人頭をつとめていた頃の配下に譲っていたらしい。義父に殺しの疑いが掛かることを恐れた又兵衛は、相馬斧次郎という元配下の行方を追うが、どうしても又兵衛には相馬を捜しあてることができず――。怒りに月代朱に染めて、許せぬ悪を影裁き。時代小説界の至宝、坂岡真が贈る、令和最強の時代シリーズ第五弾!

(『はぐれ又兵衛例繰控(五) 死してなお』カバー裏の内容紹介より)

江戸市中で桜が七分咲のころ。
見習いの新米与力山田忠太郎が南町奉行所に初出仕しました。
早々に、父親が年番方筆頭与力の「山忠」こと山田忠左衛門であることを誇り、先達である又兵衛に対して無礼を働きました。

「平手よ、さっそくだが、内与力の沢尻玄蕃さまよりお尋ねがあってな、昨晩上野のお山で桜の枝を断った不届き者がおるらしい」」
「はあ」
「はあではない。御沙汰の類例をしめしてみろ」
「不届き者が武士か町人か、武士であれば幕臣か陪臣か、あるいは浪人かによっても御沙汰は異なります。酒を呑んでいたかどうかによっても、罪状はかわってまいりましょう」
(中略)

「不届き者は浪人でな、正体を無くすほど酔っておったとか」
「されば、江戸払にござります」
 又兵衛は即答した。

(『はぐれ又兵衛例繰控(五) 死してなお』「揚羽蝶蘭」P.14より)

又兵衛は、裁許帳などに綴られた記録を一度読んだだけで記憶に留めるという特技を持っていました。御定書百箇条はもいろん、七千余りもの類例を集めた約五十年分の例類集も端から端まで覚えていて、それらを順不同で問われても、一言一句違わずに答えられました。

又兵衛は、内与力沢尻から、南茅場町の大番屋に繋がれている者すべてに対し、罪に応じた類例を示し、満杯となった大番屋の不届き者を退去させるように命じられました。

ところが、大番屋には陰で「河豚」と呼ばれている吟味方与力の淵平太夫と、新米見習与力の山田忠太郎が詰めていて、何かと又兵衛と対抗します。

浪人者による、桜の枝の切り取り事件を調べていく、胡蝶蘭ならぬ揚羽蝶蘭をめぐる大名家の争いに通じていました。(「揚羽蝶蘭」)

その大名家は、因州鳥取藩三十二万石、池田家で、揚羽蝶を家紋にしていました。
なお、同じ蝶をモチーフにした家紋でも、因幡鳥取藩池田家と備前岡山藩池田家では、違います。

因州鳥取藩家紋
「揚羽蝶紋」
因州鳥取藩家紋
備前岡山藩家紋
「備前蝶紋(池田蝶紋)」
備前岡山藩家紋

表題作の「死してなお」では、殺された札差の屍骸のそばに、義父主税の銘刀が落ちていたことから、義父に殺しの疑いが掛かることを恐れた又兵衛が奔走します。

惚けと正気を行ったり来たりする、まだら惚けの主税の惚け具合が絶妙で、物語にとぼけた可笑しさをもたらしています。

月代を朱に染めて怒り、剣を振るう又兵衛の活躍も痛快ですが、江戸の風俗や社会を物語に巧みに取り入れている点もこのシリーズの楽しみの一つです。
「おきく二十四」の話では、ところてん売りや蚊帳売りなど、振り売りの声が物語に有効に取り入れられていました。

はぐれ又兵衛例繰控(五) 死してなお

坂岡真
双葉社 双葉文庫
2022年5月15日第1刷発行

カバーデザイン:鳥井和昌
カバーイラストレーション:村田涼平

●目次
揚羽蝶蘭
死してなお
おきく二十四

本文315ページ

文庫書き下ろし

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坂岡真|時代小説ガイド
坂岡真|さかおかしん|時代小説・作家 1961年、新潟県生まれ。早稲田大学卒業。 ■時代小説SHOW 投稿記事 江戸に土風が吹き荒れる頃、闇の仕置きが始...