朝敵とされ、慶喜にも裏切られた、流浪の元桑名藩主松平定敬

『流転の中将』|奥山景布子|PHP研究所

流転の中将奥山景布子(おくやまきょうこ)さんの長編歴史小説、『流転の中将』(PHP研究所)をご恵贈いただきました。

海を正面にして砂浜に立つ、高貴な武士の後ろ姿が描かれた表紙装画に引き付けられました。ヤマモトマサアキさんのイラストレーションはお気に入りですが、今回の構図や配色にも目を瞠りました。

今村翔吾さんの「羽州ぼろ鳶組」シリーズの装画を担当された北村さゆりさんや、永井紗耶子さんの『商う狼 江戸商人杉本茂十郎』の宇野信哉さんの装画など、最近、男の背中をモチーフにした絵をよく見かけます。
表紙装画に込められた思いや意図は、何でしょうか。

本書の主人公、松平定敬(さだあき)は、幕末の桑名藩主で、左近衛権中将、越中守の呼称を持ち、「桑名中将」とも呼ばれていました。

三万石の美濃高須藩主松平義建(よしたつ)の実子として生まれ、十四歳のときに桑名松平定猶(さだみち)の養子となりました。三人の兄たちも、長兄慶勝(よしかつ)は尾張徳川家に、次兄茂栄(もちはる)は一橋徳川家に、三兄容保(かたもり)は会津松平家に、それぞれ有力な家に養子入りしていました。

14代将軍家茂からの信任が篤く、京都所司代に任じられ、京都守護職の実兄容保、将軍後見職・禁裏御守衛総督をつとめ、15代将軍となる徳川慶喜と連携して、鳥羽伏見の戦い前まで、幕府の中枢にいました。

時は幕末。桑名藩主・松平定敬は、兄で会津藩主の容保とともに徳川家のために命を擲つ覚悟をする。しかし最後の将軍・徳川慶喜に振り回され、慶喜が官軍に恭順してからは遠ざけられてしまう。その間に、いち早く恭順を決めた国元の家臣たちにより、藩主の座も追われ……。

(『流転の中将』カバー帯の裏の内容紹介より)

慶応四年(1868)一月六日、大坂。
二十三歳を迎えた、松平定敬は、徳川慶喜からの呼び出しを受け、松平容保とともに、大坂城を密かに脱出して、大坂湾に停泊している幕府の軍艦で江戸へ向けて出航しました。城に籠る諸藩の藩士たちを置き去りにして。

 ――そういえば、皆養子だな。
 勝静に自分、兄の容保、それに慶喜もそうだ。
「養子の責は重いぞ。何かあれば、家臣たちはすぐそっぽを向いて、他の者とすげ替えようとする。心して参れ」――十四歳で養子が決まった時、父である美濃高須藩主、義建に言われたことを思い出す。容保と定敬、二人の息子の現状を、彼岸の父は今どう見ているのだろう。

(『流転の中将』P.18より)

その四日後、藩主のいない伊勢桑名に幕府方の鳥羽伏見の戦いでの敗戦の報がもたらされ、慶喜とともに定敬らが大坂城から姿を消したこと、錦の御旗を掲げた官軍が東海道を東に向かっていることなどが知らされました。

国家老にあたる、御勝手惣宰(おかってそうさい)の酒井孫八郎は、藩士を総触れで城に集めて、家中のとるべき途を問いました。

城を枕に討死する徹底抗戦か、開城して江戸に向かって幕府軍と合流するか、犠牲を出す前に恭順するか、藩士たちの議論は収拾がつきません。

孫八郎は、悩み抜いた末に、藩の行末を考えて、ある秘策を講じました。
それは、定敬を当主から退かせて、まだ十二歳の先代藩主の嫡男・万之助を藩主に就けて、恭順の使者に立て、官軍に家名の存続を願うというものでした。

一方の定敬は、容保とともに江戸城で十日ぶりに慶喜から対面を許されましたが、思いもよらぬ言葉を投げられました。

「やかましい。もうそなたら二人の顔は見たくない。だいたい、こうなったのはそもそもそなたらのせいであろう。余は武力を以て戦う気など一度もなかった」
 定敬は耳を疑った。
 こうなったのは、誰のせいか。
「今日、対面を許したのは他でもない。もう二度と姿を見せるなと伝えるためだ」

(『流転の中将』P.65より)

この時から、江戸、越後・柏崎、会津、仙台、箱館……と続く、定敬の流転が始まりました。

薩長により朝廷を支える役目を外され、朝敵とされた定敬。
一度は幕府に恭順の上申書を出しながら、それを翻して抗戦を続ける定敬。
しかし、蝦夷地で定敬が見たものは……。

blockquote> どこへ行こうと、我らは葵の末葉である。それを忘れるな――亡き父の声が蘇る。
 ――父上。お助けください。
 このままでは、葵の名を朽たすばかりです。
 
(『流転の中将』P.225より)

歴史の波に翻弄されて悩みもがきながらも、しなやかに生き抜く定敬を活写した歴史長編に、胸が熱く滾るような感動を覚えました。

著者の『葵の残葉』では、「高須四兄弟」(=慶勝、茂栄、容保、定敬)の長兄慶勝が、歴史に果たした役割を描き切り、興奮を覚えました。
そして本書では、末弟定敬の実像に触れることができました。
何時の日か、同じ著者による、次兄茂栄や三兄容保に光を当てた作品も読んでみたくなりました。

流転の中将

奥山景布子
PHP研究所
2021年6月3日第1版第1刷発行

装幀:芦澤泰偉
装画:ヤマモトマサアキ

●目次
序 開陽丸
一 桑名の御籤
二 最後の江戸
三 越後の朧月
四 鶴ヶ城、雨の別れ
五 遥かなる箱館
六 蝦夷地にて
七 脱出
八 彷徨上海
九 流転の果て

本文317ページ

書き下ろし

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『葵の残葉』(奥山景布子・文春文庫)

奥山景布子|時代小説ガイド
奥山景布子|おくやまきょうこ|時代小説・作家 名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。高校教諭、大学専任講師などを経て創作を始める。 2007年、「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞受賞。2009年、受賞作を含む『源平六...