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戦国時代をサバイバルした、関東「足利家」血の歴史

『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』||秋山香乃、荒山徹、川越宗一、木下昌輝、鈴木英治、早見俊、谷津矢車|PHP研究所

足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー戦国時代の「足利家」を描いた歴史時代小説短編集、『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(PHP研究所)を紹介します。

本書は、歴史時代小説作家団体「操觚の会(そうこのかい)」に参加している、ベテランから新進気鋭まで7人に作家による、書き下ろし連作短編集です。

古河公方の誕生から、堀越公方滅亡、河越夜合戦、足利義輝弑逆、喜連川藩誕生まで、鎌倉公方にルーツを発する東国の足利家の血の歴史を描いていきます。

「鎌倉公方家の誇りを失ってはならぬぞ」
 言葉の裏に春王丸が込めた思いを、いずれ万寿丸も知るであろう。
「若さま、我らの里においでください」
「さくらの里か……日光から遠いのか」
 万寿丸の目が不安に揺れた。
「十一里(約四十三キロメートル)ばかり東にござります。喜連川にある、さくらの里でございます。今の時節。里は桜に彩られておりますぞ」
 万寿王丸の目がきらきらと輝いた。

(『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』「第一話 嘉吉の狐」P.13より)

「第一話 嘉吉の狐」早見俊
永享の乱で敗れた鎌倉公方足利持氏と嫡男義久は切腹させられました。
遺児で七歳の万寿丸は、兄の春王丸、安王丸とともに日光山に逃れていました。
物語は、下総結城城主・結城氏朝のもとで再起をはかる兄たちと別れて、鎌倉公方家に仕える忍び、さくらの一族に守られて、さくらの里に向かうところから始まります。

戦国時代の始まりを始まった応仁の乱(1467年)とみることがありますが、関東ではそれより30年年前に永享の乱(1438)に戦乱が始まったと言えそうです。

物語では、くじ引き将軍と呼ばれた、六代将軍足利義教が、持氏と敵対する存在として重要な役割を演じています。

「第二話 清き流れの源へ」川越宗一
堀越御所の侍女皐月は、御所で誰一人味方がいない、堀越公方足利政知の長男茶々丸の身を案じていました。
皐月も実は、さくらの忍びで、御所の内偵と茶々丸の護衛を命じられていました。

本書では、連綿と続く足利の血脈を陰で支える存在として、「さくらの忍び」を設定しています。
歴史の裏で暗躍する「さくらの忍び」が物語に変化をつけ、全体として統一感を与え、かつ、各話で次々に変わる書き手をつなぐ道具となっています。

「第三話 天の定め」鈴木英治
北条氏綱の娘・薫姫を正室に迎えたことで、古河公方家の家督簒奪に怯える、四代古河公方の足利晴氏。
一方で、関東に二つの公方家はいらないと、小弓(おゆみ)公方の足利義明と争っていて、北条の合力は不可欠でした。

古河公方と小弓公方が戦った国府台(こうのだい)合戦を描いた歴史小説はほとんどないために、この短編は貴重です。

「第四話 宿縁」荒山徹
北条の力を借りた国府台合戦から八年が過ぎ、北条氏康のもとで北条家の勢力はますます強大化し、今や関東全域に及ぶにいたって、対抗するために、久しく宿敵の間柄にあった山内・扇谷の両上杉家が劇的な和解をしました。

北条の勢威伸長は古河公方の権威の弱体化ととらえた晴氏は、北条方の河越城を包囲する、山内上杉憲政と扇谷上杉朝定の連合軍に加わりました。

総勢八万の連合軍に対して、北条綱成が三千で守る河越城。
晴氏は、連合軍本陣での落城の前祝の祝宴に憲政と朝定に誘われました。

「これだけ言葉を尽くしてもか。よし、ならば―ー」
 一瞬くもった不二丸の顔に、しかしすぐ晴れ晴れとした特大の笑みが浮かんだ。
「さくら忍びの最高秘術『忍法先祖返り』を受けてみよ」
 不二丸は右腕を垂直に伸ばして沖天を指し示し、指先をゆっくりと下げて、小太郎に向けた。
「うっ」
 小太郎は狼狽した。何かが――いや、何者かが額から侵入する感覚があった。何者かの人格とでも云うべきものが。

(『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』「第四話 宿縁」P.158より)

伝奇小説の名手らしく、さくらの忍びだけでなく、北条方の忍び、風魔小太郎や風魔七忍衆も登場し、忍法対決をするシーンも見どころです。

「第五話 螺旋の龍」木下昌輝
十三代将軍足利義輝の弑逆に古河公方足利義氏がいかにかかわるのか、不思議に思いながら読み始めました。

当代のさくらの忍びの頭領・千古の不二丸が見た、二匹の龍が向かいあって螺旋を描く、不思議な夢から物語は綴られてきます。

著者らしい想像性豊かなストーリーテリングで、足利将軍弑逆事件の真相が明らかになっていくところに引き込まれます。

「第六話 大禍時(おおまがとき)」秋山香乃
「信長めを害しとうございます」
さくらの忍びの犬吉は、古河公方足利義氏に信長謀殺の許しを乞いました。
残虐で苛烈で酷薄な信長を恐れている義氏は、正気の沙汰でないと思い、返事を三日間保留しましたが、悩み考え抜いた末に四日目に承諾を与えました。

ところが、信長に対する義氏の恐怖をいっそう高める事件が起こりました……。

信長が登場しないにもかかわらず、その恐ろしさが描かれていきます。

「第七話 凪の世」谷津矢車
古河公方家は、先代義氏死去の際、男子がいなかったため、氏姫が家督継承者となりました。名家断絶の危機に、豊臣秀吉が側室で小弓公方家出身の嶋子の取り成しで、嶋子の弟との縁組をさせて、喜連川家を起こしました。

氏姫の一人目の夫国朝は子をなさぬまま早世したため、弟の頼氏を二人目の夫に迎えました。

喜連川家は江戸時代、万石未満ながら十万石並の格式が与えられました。
その秘話が描かれていきます。

*****

このアンソロジーに収録された全7話では、それぞれの作家が史実を押さえながらも個性を生かし、趣向を凝らした物語を綴っていて、いろいろな味が楽しめます。そして、全体を通して読むと、もう一つの足利家、古河公方家の戦国時代に演じた役割や歴史に与えた影響が浮き彫りになっていきました。

信長や秀吉、家康を中心とした戦国史観では、傍役に過ぎない描かれ方が多い中で、視点を関東に置いてみると、古河公方家は、東国の権威の象徴を果たし、勢力図のキャスティングボードを握る存在だったことがわかりました。

もっともっと、戦国足利家について知りたくなりました。

「操觚の会」のメンバーである神家正成(かみやまさなり)さんが書かれた『さくらと扇』を読み直してみたくなりました。

足利家の血を守り、喜連川藩創設に命を捧げた二人の姫、氏姫と嶋子を描いた長編歴史時代小説です。

足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー

秋山香乃、荒山徹、川越宗一、木下昌輝、鈴木英治、早見俊、谷津矢車
PHP研究所
2021年1月7日第1版第1刷発行

装丁:泉沢光雄
装丁写真:Yuri_Arcurs/ゲッティイメージス

●目次
第一話 嘉吉の狐――古河公方誕生 早見俊
第二話 清き流れの源へ――堀越公方滅亡 川越宗一
第三話 天の定め――国府台合戦 鈴木英治
第四話 宿縁――河越夜合戦 荒山徹
第五話 螺旋の龍――足利義輝弑逆 木下昌輝
第六話 大禍時――織田信長謀殺 秋山香乃
第七話 凪の世――喜連川藩誕生 谷津矢車

足利家系図/関連年表
喜連川足利氏を訪ねて――栃木県さくら市歴史散歩

本文308ページ
書き下ろし

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『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(秋山香乃、荒山徹、川越宗一、木下昌輝、鈴木英治、早見俊、谷津矢車・PHP研究所)
『さくらと扇』(神家正成・徳間書店)

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