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将軍の血を引く姫と臆病な若き剣客。江戸の青春剣劇開幕

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『颯の太刀』|筑前助広|角川文庫

颯の太刀筑前助広(ちくぜんすけひろ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『颯の太刀』(角川文庫)を読みました。
著者は、2022年に、『谷中の用心棒 萩尾大楽 阿芙蓉抜け荷始末』で、第11回日本歴史時代作家協会文庫書き下ろし新人賞を受賞し、本書が受賞後第1作です。
2年間楽しみに待っていました。

18歳にして、門人のいない道場を継いだ筧求馬は、代稽古の帰りに、美しい娘が曲者に襲われているところに出くわし、咄嗟に助ける。娘を匿うた生活を共にしていたが、屈強な刺客に連れ去れています。娘の名は、茉名といい、将軍の血を引く姫で、圧政に苦しむ領民を救おうとしていることを知った求馬。風を感じて敵の気配を読む「颯の太刀」を振るって、茉名を助けることを決意する。時代小説の新星が描く、江戸の青春剣劇!

(『颯の太刀』カバー裏の内容紹介より)

安永四年(1775)七月。
元服したばかり、十六歳の筧求馬(かけいもとめ)は、深妙流(しんみょうりゅう)の道統継承者の室田勘四郎先生に、元服の挨拶をするため、上州新田郡太田宿まで一人旅をしていました。
その途中の木崎宿近くで、四人の浪人に暴行を受けている商家の主従を助け、得意の深妙流の剣で四人を峰打ちにしました。
ところが、一部始終を見ていた四十絡みの幽鬼のような浪人が現れ、殺気のような、邪気のようなものを放ちます。
得体の知れないものに襲われて、手が震え、膝も。歯の根も合わず、瘧のように、全身の震えが止まりません。

「ふふ。怖いか。まぁ、そうだろうのう。わしもかつてはそうであった」
 と、男は腰から一刀を抜き払った。そして、ゆっくりとその切っ先を向ける。
「あれは十八の頃から。賊に襲われ、腰を抜かした。今のおぬしのようにな。だが、そこからわしは変わった。変わる為に、人を斬りに斬ったが、変わったと思えた時には、主家も家族も失っていたわ」
 
(『颯の太刀』P.12より)

浪人の切っ先が、喉元にあり、汗が頬を伝い、動こうと思っても何もできず、股間が生温かくなるのを感じました。
この出来事は、求馬に拭い難い恐怖心と負け犬根性を植えつけました。

それから二年が経過。
求馬は、病没した養父筧三蔵から新妙流の道場を引き継ぎましたが、門人はおりません。それで仕方なく、口入屋で仕事を漁ることも。
人が動くときに、起こる風を感じて、剣を振るう、深妙流の秘奥・颯(さつ)太刀を会得していながら、不甲斐ない日々を送っていました。

その日、品川台町の無外流花尾道場での代稽古の帰り道、雉子ノ宮の近くで、覆面で顔を隠した曲者たちが、若い娘と武士を取り囲んでいるところに出くわしました。
求馬の脳裏に、二年前の光景が浮かんできて、恐怖が蘇ってきました。

今の自分に自信が持てないのも、覇気が足りないと言われるのも、道場が流行らないのも、今の苦境はすべてあの日と繋がっています。

 恐ろしいのだ。真剣が、斬り合いが、強い相手が。
 しかし、それよりも恐ろしいことがある。それは、このまま臆病な負け犬のままでいること。言い訳ばかりをして、困難から目を逸らし、逃げるだけの男として一生を終える。それは死ぬよりも、恐ろしい。
 これは、変わる為の好機ではないか。負け犬のままでいることが、死ぬよりも恐ろしいなら、やるだけやって駄目なら死ねばいい。
 
(『颯の太刀』P.23より)

求馬は、「大丈夫で。あなたは、俺が守ります」と伝えて、言葉通りにその娘、茉名を助け出しました。
ここから、求馬と茉名の命懸けの冒険が始まります。

ボーイ・ミーツ・ガール、少年が少女と出会い、恋に落ちる、そして経験を通じて成長していく、青春小説の定石がこの時代小説で楽しめます。

茉名は、常州蓮台寺藩一万二千石の姫で、八代将軍徳川吉宗の血を引いています。藤原北家秀郷流の武家の名門少弐家の者で、前藩主は兄で、今の藩主は弟に当たると言います。
前作に続いて、歴史を少しだけ、福岡県寄りに変えるという著者の思いが込められたネーミングが楽しく、どこに仕掛けられているかを見つけるのも一興です。

求馬が斬り合いを通じて成長していくように、聡明な茉名も姫として悩み葛藤し成長していくところも見逃せません。

本書を面白くしているのは、鬼眼流の鷲塚旭伝や蓮台寺藩の首席家老の執行外記(しぎょうげき)らの強敵の存在。悪としての矜持を持って対峙してくるところが魅力。

出版業界では、文庫書き下ろし時代小説の新しい読者の獲得が課題の一つとなっています。そのためには、若い方がすらすら読める作品もまた必要です。
著者のようなイキがいい作家に、もっともっと活躍してほしいと思っています。

本書まで2年間待ちましたが、専業作家でない新人が、短期間で第2作を上梓するのはなかなか難しいことで、この期間は作家としてステップアップするための、重要な充電期間のように思います。

次の作品の刊行を心待ちにし、そして「颯の太刀」の続編も大いに期待しています。

颯の太刀

筑前助広
KADOKAWA・角川文庫
2024年2月25日 初版発行

カバーイラスト:丹地陽子
カバーデザイン:二見亜矢子

目次
序章 負け犬
第一章 流転の姫
幕章 三奸の企み
第二章 決意の旅路
幕章 三奸の黄昏
第三章 舎利蔵の戦い
終章 公儀御用役

本文280ページ

文庫書き下ろし。

■今回取り上げた本


筑前助広|時代小説ガイド
筑前助広|ちくぜんすけひろ|時代小説・作家 福岡県福岡市在住。 2020年、「それは、欲望という名の海」で第6回アルファポリス歴史・時代小説大賞特別賞を受賞し、2022年『谷中の用心棒 萩尾大楽 阿芙蓉抜け荷始末』で出版デビュー。 2022...