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江戸のテーマパークで将軍をおもてなし。日経小説大賞受賞作

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『公方様のお通り抜け(Kindle版)』|西山ガラシャ|歴史行路文芸文庫

公方様のお通り抜け(Kindle版)2015年に第7回日経小説大賞を受賞し、2016年に単行本で刊行された、西山ガラシャさんの、『公方様のお通り抜け』(歴史行路文芸文庫)が、装いも新たに電子書籍Kindle版で出版されました。

舞台は、江戸の西にあった尾張藩下屋敷戸山荘ですが、名古屋生まれで現在も名古屋に在住されている、著者の尾張愛がたっぷり詰まった作品です。

尾張藩屋敷奉行の拝郷弾蔵は、突然の報せに頭を抱えた。藩自慢の庭園を観るため、十一代将軍・徳川家斉が御成になるというのだ。一方、弾蔵御用達の大百姓・外村甚平は、ここが書き入れ時とばかりに算盤を弾いていた。不興を買って切腹打首にならないよう、金も労力も惜しまず庭園大改造に知恵をしぼる弾蔵と甚平、戸塚村の村人たち。
「突然水量が増える瀧」「からくり仕掛けの洞窟」「小田原宿を模した宿場町」などの仕掛け作りにトライ&エラーが続く。そしてついにやって来た御成当日――。
サプライズを与えるべく造り上げたアトラクションに、はたして将軍・家斉は喜んでくれるのか? それとも、弾蔵と甚平は切腹打首になってしまうのか?
 
(『公方様のお通り抜け(Kindle版)』Amazonの商品紹介ページより)

寛政四年(1792)夏。
尾張藩に御用聞きとして出入りして、屋敷の庭園の手入れを請け負っている、戸塚村の百姓外村甚平は、尾張藩屋敷奉行の拝郷弾蔵から、来年の春、戸山荘に公方様(徳川家斉)が御成になる予定という話を聞きました。

「戸山屋敷のお奉行様としては、公方様御成は、大変な名誉でありますな」
 弾蔵は、名誉かどうかは分からぬと言いたげな顔をした。
「はて、どうだか・名誉など、要らぬが」
 本心かどうか分からぬ言葉だった。弾蔵が続けた。
「御成の日、公方様は高田馬場で鷹狩りをされるという。鷹狩りのあとに、ふと気が向いて、偶然に尾張家の戸山屋敷に立ち寄り、戸山の庭を通り抜けたという予定にされたい、とか」

(『公方様のお通り抜け(Kindle版)』 15/203ページより)

金儲けが大好きな甚平は、早速算盤を弾き、広大な庭の造作を任せてほしいと申し出ます。
それに反して、弾蔵は急に暗い顔をして、「誠に困った。御成まで、半年しかござらん。しかも、だ。殿様(徳川宗睦)から、公方様を喜ばせるような庭の仕掛けを考えよと命じられてな」と。

戸山荘の総面積は、約十三万坪(約43万平方メートル)あまり。庭園内には、皆が荒れ果てた「箱根山」と呼ぶ玉円峰があり、何十年も前に家臣が商人に扮して、町屋で遊ぶ殿様の相手をしたという御町屋の跡もありました。

将軍のお渡りは、百年ぶりで、前回の記録は残っておりません。相手は天下の将軍様、不興を買ったら、切腹打ち首になってしまう。
弾蔵の悩みは深まるばかりです。

一方の甚平は、村人を集めて、公方様の戸山荘への御成の話をして、御成の日までに戸山荘の庭を大改造する話をしました。そして、「公方様のお心を、大いにときめかせ、心から楽しんでもらえるような仕掛け」を考えてほしい。採用された庭の仕掛けは一両、公方様を大笑いさせたら、十両を進呈すると宣言しました。

そして、さまざまな仕掛けを作り込んだ、江戸のテーマパーク、戸山荘の大改造計画が決まり、甚平と村人たちの試行錯誤と奮闘の日々が始まりました。

万事に悲観的で心配性の弾蔵に対して、どこまでも前向きで楽観主義の甚平の、ユーモラスな掛け合いが楽しく、工夫を凝らした仕掛けがいっぱいの、「プロジェクトX」のような庭園造営の過程が興味深くて、一気読みしました。

また、酒仙のような酒好き権太郎の存在も忘れられません。瀧の造営にかけては日本一といわれ、瀧の水を自在に操る達人でしたが、酒癖の悪い変わり者という悪評もありました。

本書を読み終えた後に、心地よくなりました。それは、甚平がプロデュースし、戸塚村の村人たちを中心に作り上げたこのテーマパークで、接待役も客人も、心から楽しんでいることによります。「おもてなし」とは何かを考える機会にもなりました。

本書は、日本歴史時代作家協会がKindle版化した作品。
素敵な作品をKindle版(しかも、Kindle Unlimitedで)で読めるようにしていただき、ありがとうございます。

[新刊案内] [電子書籍] 第7回日経小説大賞受賞作! 『公方様のお通り抜け』配信! | 歴史行路 ~日本の歴史と文化を物語る~
日本の歴史と文化を物語る歴史行路の第7回日経小説大賞受賞作! 『公方様のお通り抜け』配信!ページです。

絶版になっていたり、文庫では採算が難しいとか、何らかの事情(大人の事情)で、文庫化が実現していない単行本作品は少なくありません。Kindle版で読める機会をもっと増やしてほしいと思います。

尾張藩戸山下屋敷内に作られた東海道五十三次を模した御町屋が登場する時代小説には、東郷隆さんの『御町見役うずら伝右衛門(上・下)』(講談社文庫)があります。興味を持たれた方はこちらもどうぞ。

もう少し暖かくなったら、作品の舞台となった、戸山公園から早稲田大学の周辺を散歩したいと思います。

公方様のお通り抜け(Kindle版)

西山ガラシャ
日本歴史時代作家協会・歴史行路文芸文庫
2024年2月10日発行

表紙&扉デザイン:株式会社ムシカゴグラフィクス

●目次
第一章
第二章
第三章
第四章
第五章
終章

本文203ページ
2016年2月、日本経済新聞出版社より刊行された『公方様のお通り抜け』を底本としています。

■今回取り上げた本


西山ガラシャ|時代小説ガイド
西山ガラシャ|にしやまがらしゃ|時代小説・作家 1965年名古屋生まれ。 2015年、「公方様のお通り抜け」で第七回日経小説大賞受賞。 2016年に同作で単行本デビュー。 ほかに『小説日本博物館事始め』(日経BP社)がある。 時代小説SHO...