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難事を土下座で解決。「どげざ駿河」牧野成綱の悪党退治

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『土下座奉行』|伊藤尋也|小学館文庫

土下座奉行伊藤尋也(いとうひろや)さんの文庫書き下ろし時代小説、『土下座奉行』(小学館文庫)紹介します。

著者は、2021年10月に、窓際の老同心のために、二人の孫娘が岡っ引きとなって難事件を買いけする『孫むすめ捕物帳 かざり飴』で時代小説デビューし、本作が2作目の新進気鋭の作家。文庫書き下ろし時代小説界に新風を吹き込む存在です。

廻り方同心の小野寺重吾はただならぬものを見てしまった。北町奉行所で土下座をする牧野駿河守成綱の姿だ。相手は歳といい、格といい、奉行よりうんと下に見える、どこぞの用人。なのになぜ土下座なのか? 情けないことこの上ない。しかし重吾は奉行の姿に見惚れていた。まるで茶道の名人か、あるいは剣の達人のする謝罪ではないか、と……。小悪を剣で斬る同心、大悪を土下座で斬る奉行の二人組が、江戸城内の派閥争いがからむ難事件「かんのん盗事件」「竹五郎河童事件」に挑む! そしていま土下座の奥義が明かされる――能鷹隠爪(のうよういんそう)の剣戟捕物、ここに見参!

(『土下座奉行』カバー裏の紹介文より)

現在でも究極の謝罪と考えらえる「土下座」。
土下座には、謝意、謝罪、屈辱、屈服、敗北、卑下などといった負の意味合いの一切が注ぎ込まれています。
今よりも身分制が厳格で、武士においては体面や矜持が重視されていた江戸時代に、土下座を最大の武器に戦った男がいました。

弘化年間、徳川家慶の治世。
廻り方同心小野寺重吾は、北町奉行所の中庭で見てしまいました。

(前略)、この新任町奉行はうっすら目に涙を浮かべながら、
「――ひらに! ひらいにご容赦!」
 と、土の地べたにひれ伏していたのだ。
(事情は知らぬが情けない……。武士たるもの、まして町奉行たるもの、人に畏れられ頭を下げらえるべき存在であろうに。とはいえ――)
 ひとつだけ感心すべき点もあった。
 
(……なんと、きれいな土下座であろうか)

(『土下座奉行』 P.7より)

二十八歳の小野寺重吾は、熱心な仕事ぶりとそれ以上に口うるさいので有名で、他の同心たちに、やれ書状の字が汚いとか、やれ着物が派手すぎてはしたないとか、お前の小者は商家から袖の下を取りすぎているとか、細かいことに口を出す悪癖の持ち主で、“しゅうとめ重吾”とあだ名されていました。

そのような性分であったから、奉行の土下座は許せません。

当時、江戸城には二人の大権力者が存在しました。
一人は“大御所老”こと、元老中で一度な失脚しながらも再び権力の中枢に返り咲いた水野越前守忠邦。もう一人は“新進気鋭”の老中阿部伊勢守正弘です。
二人は思想も政策も相容れず、それぞれ城内に派閥をつくり、激しい争いを繰り広げていました。

二派の諍いのおかげで、つなぎの代役とsて白羽の矢が立ったのが牧野駿河守成綱です。毒にも薬にもならぬ役立たずで、どちらの閥にも属さず中立を保ち、揉め事が起きた際には収めるために、代理で土下座することから、千代田の城で“どげざ駿河”と呼ばれていました。

ある日、上野観世坂通りのかんざし屋“津路屋”に盗賊が押し入り、奉公人含めて七名いた店の者たちは、押し入れに隠れていた幼い下女一人を残して、女子供を問わずに皆殺しにして、金品を奪い取るという事件が起こりました。

賊は店の主が大事にしていた身の丈一尺強の観世音菩薩像も持ち去ったと。

現場を検分した重吾は野次馬を追い払い、生き残った娘おすゞから話を聞きました。
手際のよさから、賊一味の引き込みが津路屋に入っていたようでした。

翌日、再び重吾が上野観世坂に向かうと、南町奉行所の廻り方同心、財前孝三郎が現れ、「津路屋のかんのん盗は俺が調べることになった」と。上の方から命じられたとも。

重吾は奉行所に戻り、担当与力に事情を報告しますが、そのような話は聞いていないと。
敬意を確認すべく奉行のもとへうかがうと、「――牧野様、これでは困りますぞ!」という怒鳴り声が、奉行は既に別の者に叱責されている最中でした。

奉行の相手は誰なのでしょうか?
また、何ゆえ、怒鳴られているのでしょうか?
そして、牧野駿河守はどう対応するでしょうか?

かんのん盗の捕物とともに、お奉行の言動も気になり、物語に引き込まれていきます。

「小野寺よ、先ほどしたのが“飛蝗の土下座”だ」
 奉行は、さらに不可解な話を始めた。
「あれが、ばった、でございますか?」
「そうだ。土下座には“蜘蛛の土下座”と“飛蝗の土下座”がある。飛蝗が這いつくばるのは跳ねて遠くに逃げるため。――それと同じく、その場しのぎの『逃げの土下座』よ」

(『土下座奉行』 P.141より)

奉行は“飛蝗の土下座”は土下座の中でも下の下の土下座といい、一方、“蜘蛛の土下座”は、頭を低くしながらも、獲物を捕らえて喰らう化け蜘蛛のごときもの。

捕物で悪党を捕らえていく廻り方同心小野寺重吾と、土下座の奥義を披露して江戸城内の大悪を退治していく「どげざ駿河」牧野駿河守成綱の二人の人情味あふれる痛快な活躍から目が離せません。

土下座奉行

伊藤尋也
小学館・小学館文庫
2023年5月7日初版第1刷発行

カバーイラスト:西山竜平
カバーデザイン:鈴木敏文(ムシカゴグラフィクス)

●目次

壱「かんのん盗(前編)」
幕間の壱
弐「かんのん盗(後編)」
幕間の弐
参「竹五郎河童(前編)」
幕間の参
肆「竹五郎河童(後編)」
幕間の肆
伍「同心さらい(前編)」
陸「同心さらい(前編)」

本文273ページ

本書は文庫書き下ろし。

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『土下座奉行』(伊藤尋也・小学館文庫)

伊藤尋也|時代小説ガイド
伊藤尋也|いとうひろや|時代小説・作家 1974年、岐阜県生まれ。 2020年、警察小説『小学生刑事(デカ)』で作家デビュー。 2021年、『孫むすめ捕物帳 かざり飴』(小学館文庫)で時代小説作家としてデビュー。 2023年、『土下座奉行』...