捕物劇の陰で、同心と女隠密の恋と別れ。江戸に酔いしれる

『照れ降れ長屋風聞帖(十) 散り牡丹』|坂岡真|双葉文庫

照れ降れ長屋風聞帖(十) 散り牡丹坂岡真(さかおかしん)さんの長編時代小説、『照れ降れ長屋風聞帖(十) 散り牡丹』(双葉文庫)を紹介します。

本書は、2008年に文庫書き下ろしで双葉文庫から刊行された「照れ降れ長屋風聞帖」シリーズの新装版第十巻になります。

新装版では、花札をモチーフにした表紙イラストを採用。インパクトがあって、全巻揃えて飾ってみたくなります。

春たけなわの深川、永代寺。隠密の楢林雪乃は浪人どもに絡まれた若侍を助けた折、母の形見の簪をなくしてしまう。悲しみを隠して兇状持ちを追う雪乃のもとに、まさに探りを入れている矢田藩の老臣が訪ねてくる。なんと、若侍はお忍び中の殿様で、雪乃に一目惚れしたというのだ。そして、もうひとり、雪乃に恋焦がれる八丁堀同心八尾半四郎も、人生の岐路に立っていた。江戸の情緒と男女の切なさに酔いしれ泣ける傑作新装版、第十弾。

(カバー裏面の説明文より)

本シリーズは、日本橋魚河岸と背中合わせの、履物屋と傘屋がひしめく照降町(てれふれちょう、またはてりふりちょう)の照降長屋が舞台。
九尺二間の貧乏長屋に仲人稼業のおまつ、連れ子のおすずと暮らす浅間三左衛門は浪人。元は上州七日市藩で馬廻り役をつとめた、富田流小太刀の遣い手です。

七年半前に役目上のことから朋輩を斬り、身分も名声も捨てて生きることに自信を失いかけていたときに、出戻りで子供を抱えたおまつと知り合いました。
半年前には娘も生まれて、子守りをしながら蝋燭の絵付けの内職に精を出す、小さな幸せを感じていました。

本書では全四話収録。時代は文政八年(1825)正月から始まります。

娘の病を治すために「おびんずるさま」と呼ばれる陰陽師が売る不老水を求めて、三両という大金を高利で借りた、同じ長屋に暮らすおくに。
元本三両の借金が十倍に膨らんで窮地に陥ったところ、「おびんずる」陰陽師が長屋に現れて哀れな母娘をさらっていきました。

怪しい「おびんずる」騒動を綴った「おびんずる」と「梅の月」の話を収録。
三左衛門の活躍も描かれています。

また、残りの2編では、三左衛門の歌詠み仲間で友人の、南町奉行所定町廻り同心・八尾半四郎に光を当てて描かれています。

地面に置いた小石を、抛った小石で弾く子供の遊びが題された「石なとり」の話は、喧嘩して入牢した浪人者から伝言を頼まれた半四郎が、浪人者の別れた妻で富商の妾となった女を訪れるところから、物語が始まります。

喧嘩沙汰の軽微な事件は、浪人者の出身藩である、岸和田藩五万三千石を巻き込む事件へと発展していきました。

恋い焦がれる雪乃とは、近頃ますます縁遠くなってゆくような気がする。
 どうあがいても、恋情は通じそうにない。雪乃は奉行直属の隠密に任じられてからというもの、役目に殉じる覚悟でいる。色恋のはいりこむ余地はないのだ。
「世の中にはな、念じても叶わぬことがある。潔くあきらめるのも肝要じゃ」

(『照れ降れ長屋風聞帖(十) 散り牡丹』P.152より)

半四郎は、南町奉行筒井紀伊守直属の隠密をつとめる楢林雪乃で、岸和田藩をめぐる事件にも関わり、一緒に事件に当たることになりました。
この話では、半四郎の縁談も描かれます。

表題作の「散り牡丹」では、半四郎が恋い焦がれる雪乃に、筒井紀伊守の内与力の石橋主水より、新たな密命が伝えられました。

上州から江戸へ逃げ込んだ兇状持ちが、渡り中間となってどこかの大名屋敷に潜り込んでいるので、その者を捜し出せというもの。

「不服なら、辞めてもよいのだぞ。女隠密は使い勝手が良いが、おぬしの替わりならいくらでもおる。このあたりが潮時かもしれぬぞ。女だてらに意地を張っておると、あまり良いことはない。おぬし、いくつになった」
「二十四にござりますが、何か」
「ふふ、盛りを過ぎた牡丹よな。ま、おなごのおぬしには荷が重かろうが、せいぜい気張るがよい」

(『照れ降れ長屋風聞帖(十) 散り牡丹』P.235より)

江戸の風紀と治安を守るために誰もが嫌がる汚れ仕事に勤しんでいるが、紀伊守の威信を保つべく働く主水とは立場も違い、反発をばねにして役目に没頭することに……。

この話は、三左衛門の七日市藩と同じ上州にある、矢田藩一万石の若殿が登場します。
矢田藩は、吉井藩ともいい、五摂家の一つ鷹司家の血を引き、小藩ながら御三家に準ずる待遇を受けています。

勧善懲悪で痛快なチャンバラシーンが楽しめるだけではなく、男女の切ない恋情にも触れる、癒されます。
また、江戸の情緒や知識を知ることで、知的好奇心を満たす時代小説です。

照れ降れ長屋風聞帖(十) 散り牡丹

坂岡真
双葉社 双葉文庫
2020年12月13日第1刷発行

カバーデザイン/イラストレーション:浅妻健司

●目次
おびんずる
梅の月
石なとり
散り牡丹

本文306ページ

『照れ降れ長屋風聞帖(十) 散り牡丹』(双葉文庫、2008年4月刊)に加筆修正を加えた新装版。

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『照れ降れ長屋風聞帖(十) 散り牡丹』(坂岡真・双葉文庫)

坂岡真|時代小説ガイド
坂岡真|さかおかしん|時代小説・作家 1961年、新潟県生まれ。早稲田大学卒業。 ■時代小説SHOW 投稿記事 江戸に土風が吹き荒れる頃、闇の仕置きが始まる―「帳尻屋」リターンズ|『土風 帳尻...