「風の市兵衛」の同心・渋井喜三次を主役とした捕物小説
コスミック時代文庫とコスミック文庫の2025年7月の新刊から、注目作品をピックアップしてご紹介いたします。
コスミック時代文庫からは2冊をご紹介します。
辻堂魁(つじどう・かい)さんの『鬼しぶ』は、人気時代小説シリーズ「風の市兵衛」のスピンオフ作品です。
吉田雄亮(よしだ・ゆうすけ)さんの『聞き耳幻八 暴き屋 血風米騒動』は、瓦版書きの幻八が市井の悪を暴くシリーズ第3作となっています。
また、文庫書き下ろし時代小説で活躍する喜多川侑さんの『SHOW MUST GO ON 1945謀略のメロディ』は、戦後のショービジネスの光と闇を描いた意欲作です。
『鬼しぶ』
カバーイラスト:遠藤拓人
目次
序の巻 望月のころ
上の巻 大道芸人
中の巻 紙風船
下の巻 武州平野
終の巻 深川暮色
解説 小松輿志子
2025年7月25日 初版発行
本文348ページ
文庫書き下ろし
あらすじ
「あいそねえ」「金がねえ」「出世しそうにねえ」。北町奉行所の平同心・渋井鬼三次は、景気の悪そうな顔立ちのせいか、そんな陰口を叩かれていた。さらに「女にもてねえ」「女房子供にも見限られた」とも……。しかし、そんな渋井に目をかける人物がいた。お奉行・永田備後守である。渋井の「少々癖のある性根が探索に向いている」と評価されたのだ。
札差の若旦那が拐かされ、身代金三千両が奪われる事件が発生。渋井はその真相解明を命じられる。御用聞きの助弥と、物真似芸の人気大道芸人・菊市と共に、粘り強い探索で、影も形も見えない犯人たちにわずかな手がかりから迫っていく。
「風の市兵衛」の濃厚な脇役・渋井鬼三次が、ついに主役として大活躍します!(カバー裏の説明文より抜粋・編集)
ここに注目!
タイトルを見て、「風の市兵衛」シリーズの渋くて重要な脇役・渋井鬼三次(しぶい・きさじ)が主人公なのだと察するのは、かなりの文庫時代小説ファンと言えるでしょう。
渋井は、不景気面で女にもてず、出世の見込みもなく、女房子供にも見限られたと噂される三十代半ばの平同心(担当が決まっておらず、さまざまな訴えに対応する当番方の同心)で、鬼でさえ逃げ出すといわれ、「鬼しぶ」と呼ばれていました。
文政元年(1818)三月末。北町奉行所平同心の渋井鬼三次は、奉行・永田備後守より、奉行所に訴えのない身代金目的のかどわかし事件の調査を命じられます。
渋井の探索を支えるのが、御用聞きの助弥と、大道芸人の菊市。本書では、渋井が助弥と初めて組む事件が描かれる点にも注目です。
「風の市兵衛」第1巻の舞台は文政四年八月。本作はその四年前の出来事で、まだ若くて颯爽としたところが残る鬼しぶの活躍が堪能できる、楽しみなシリーズの幕開けです。
今回取り上げた本

『聞き耳幻八 暴き屋侍 血風米騒動』
カバーイラスト:浅野隆広
目次
第一章 吉原ノ燭
第二章 大川ノ伐
第三章 音無ノ訝
第四章 淺草ノ擾
第五章 江都ノ露
2025年7月25日 初版発行
本文306ページ
『聞き耳幻八浮世鏡 放浪悲剣』(双葉文庫)を改題し、大幅に加筆修正を加えたもの
あらすじ
「聞き耳幻八」の異名をとる瓦版の文言書き・朝比奈幻八。御家人の嫡男だが、妹が拾ってきた捨て子六人に加え、かつての敵・黒岩典膳も居候し、実家の暮らしは火の車。米櫃の中身も尽きかけていた。
そんな状況もあって、醜聞をネタに金を強請る“暴き屋”稼業に、ますます力が入っていく。
折しも米相場が高騰し、江戸では米問屋・安房屋への放火事件が発生。しかし、焼け跡から米が一粒も出てこない。どこかに隠しているはずとにらんだ幻八は、主人に接触を図るが……。目付・日下丹波の配下が刺客に斬られるなど不穏な動きも見え始める。果たして米はどこへ消えたのか。米相場のつり上げで誰が得をしているのか。幻八が“暴き屋”の血を騒がせ、米騒動の闇に切り込みます!(カバー裏の説明文より抜粋・編集)
ここに注目!
本シリーズの魅力の一つは、主人公・幻八の家庭環境のユニークさにあります。
幻八は、本所北割下水に住む微禄の御家人・朝比奈鉄蔵の嫡男で、いずれは家督を継ぐ身ながら、現在は屋敷を出て深川蛤町の辰巳芸者・駒吉の元に転がり込み、夫婦同然の生活を送っています。
北割下水の屋敷には、剣術一筋の父・鉄蔵と奔放な妹・深雪、彼女が拾ってきた捨て子六人、そしてかつての敵であった浪人・黒岩典膳が同居しています。
父は剣の鍛錬ばかりで家計には無関心、妹は情にもろく、親のない子を連れて帰っては面倒を見るものの、養う手立ては考えません。そのため幻八に金の無心に来るのが常です。
生活費を稼ぐために幻八は家を出て、瓦版の文言書きだけでなく、金の匂いのする話には目がなく、“暴き屋”稼業に精を出します。
家族に悩まされつつも、父や妹を心の底では認め、家族を守ろうとする幻八に、共感を覚える読者も多いことでしょう。
本作では、吉原の遊廓で火事が起き、その焼け跡から材木問屋の主の斬殺死体が見つかる事件が発生。
続けて米問屋が買い占めの末に放火されるという騒動が持ち上がります。
“暴き屋”幻八の痛快な活躍が楽しめる第3巻です。
また、幻八と腐れ縁の浪人・黒岩典膳が北割下水の屋敷に居候するようになったことも、物語の面白さをさらに盛り上げています。

『SHOW MUST GO ON 1945謀略のメロディ』
カバーイラスト:大前壽生
目次
序章 帰米二世
第一章 ハードボイルド・ナイト
第二章 ジャパン・ロビー
第三章 赤坂租界
第四章 マーチン2-0-2
第五章 レッド・エンタテイメント
第六章 ショー・マスト・ゴー・オン
終章 崩壊
あとがきのようなもの。
2025年7月25日 初版発行
本文333ページ
文庫書き下ろし
あらすじ
青山翔造は、連合軍進駐後に英語屋として多忙な日々を送る中、『ニューズウィーク』記者を名乗るマコト・ハーバートと出会う。
マコトの紹介で劇場の仕事を始めた翔造は、ショーの世界の虜になっていく。一記者でありながら、マコトは軍の便宜を次々と取りつけ、翔造の夢の実現を後押しする。
やがてマコトが与える指令は、芸能界全体をも左右するようになり……驚天動地の戦後謀略サスペンスが展開します!(カバー裏の説明文より抜粋・編集)
ここに注目!
本書には、ジャニー氏を彷彿とさせる帰米二世の青山翔造が登場。
フィクションでありながらも、戦後芸能界の担い手たちの青春群像とともに、戦後日本のショー・ビジネスの内幕を垣間見ることができる一作です。
戦後と令和の時代が交互に描かれていき、令和の探偵役を、音楽プロデューサー桜沢裕二が務めて、現在に通じる芸能界の“常識”を解説してくれて、物語に引き込まれます。
長年レコード業界で活躍し、ショービジネスに精通する著者だからこそ描ける、リアルな世界が広がっています。
登場人物やエピソードの背景に、実在の人物や出来事を連想しながら読むのも一興です。
参考文献として、戦後の芸能界や占領下の東京に関する資料とともに、橘かがりさんのノンフィクション小説『焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』が挙げられている点も注目です。
“ショー・マスト・ゴー・オン”とGHQの関わりはどう描かれていくのか、興味が尽きません。
