2024年時代小説(単行本/文庫書き下ろし)ベスト10、発表!

診療所を手伝い始めてから1年半。医者の弟子として成長を遂げるお葉

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『お葉の医心帖 きずなの百合』|有馬美季子|角川文庫

お葉の医心帖 きずなの百合有馬美季子(ありま・みきこ)さんによる文庫書き下ろし時代小説、『お葉の医心帖 きずなの百合』(角川文庫)をご紹介します。

本作は、両親を亡くした少女・お葉が、神田須田町で診療所を開業する町医者・道庵のもとで、さまざまな人々と関わりながら医術の道を志していく、江戸医療小説シリーズの第4巻です。

あらすじ

天涯孤独の少女・お葉が、町医者・道庵の診療所を手伝い始めてから1年半が経ちました。医術を志して励む日々の中、他の医者に見放された旗本の奥方が診療所を訪れます。患者を見捨てたのは、かつて因縁のあった御典医でした。道庵は治療を引き受けますが、病状はなかなか改善せず、密かに悩み続けます。そんな師に寄り添い、弟子として、お葉がかけた言葉とは――。 師弟であり、家族でもある2人が育む絆に胸が熱くなります。心温まる、書き下ろし時代医療小説です。

(『お葉の医心帖 きずなの百合』カバー裏の内容紹介より)

ここに注目!

本書の帯には、「あさのあつこさん、感動!」という推薦文が掲載されています。あさのさんの代表作の一つ『おいち不思議がたり』(PHP研究所)もまた、医師を目指す少女を主人公とした時代小説であり、共通点が見られます。

また、鷹井伶(たかい・れい)さんの『てきてき 浪華のおなご医師と緒方洪庵』(潮文庫)は、緒方洪庵の適塾に入門して医者を志す少女を描いた物語で、医療をテーマにした文庫書き下ろし時代小説は、いま注目を集めているジャンルの一つです。

料理やお菓子、着物など、女性読者に人気のテーマはいくつもありますが、薬膳を含む医療分野も大変関心の高いジャンルです。中でも医療小説は、病の症状や漢方薬の成分・薬効、江戸時代の治療法などの専門知識が求められるため、書き手にとっては大きな挑戦であり、読み手にとっても深い読み応えを感じられるジャンルと言えるでしょう。

病はときに生死に関わる重大な出来事です。そのため、人生を揺るがす場面が多く描かれ、人間ドラマとしての奥行きを与えます。生命の危機に直面することで、人の本質があらわになることもあり、読者の心を強く揺さぶる感動を呼び起こすことが多くあります。

本書の舞台は、文政八年(1825年)の弥生(3月)です。主人公のお葉は、奉公先でひどいいじめを受けて身を投げようとしたところを道庵に救われ、それから1年半が経ちました。

十八歳となったお葉は、日々の努力の成果もあり、少しずつ医術の仕事を任されるようになり、道庵にとって欠かせない存在となっていました。過去の傷も徐々に癒え、かつて自分を苦しめた内儀の治療にも葛藤を抱きながらも向き合い、道庵から学んだ“医の心”で乗り越えていきます。

お葉は、自身の過去の痛みを知っているからこそ、人の傷みにも寄り添えるようになりました。病やそれに伴う悲しみ、苦しみから、少しでも多くの人を救いたい、癒したいという想いを胸に、診療所での仕事に真摯に向き合っています。

ある日、道庵の診療所に絵師のお景が腰の痛みを訴えて訪れます。お景はお葉と同じ十八歳の娘で、畳に紙を広げて背中を丸めた姿勢で絵を描き続けていたために、痛めてしまったようです。しかし、その痛みの原因は、単に姿勢の問題だけではありませんでした……。

治療の描写がとても具体的で、医学的にも納得感があり、読み手を引き込んでいきます。また、絵を描くこと以外に関心を持たないお景と、将来を案じる父との親子関係も丁寧に描かれ、温かな読後感をもたらしてくれます。

お葉に対して、「早く嫁に行った方が女は幸せになれる」と言った道庵に対し、医術を学びたいと真剣に願う自分の立場から冷静に反論し、結果として道庵に「軽率なことを言ってしまった」と謝らせる場面には、お葉の大きな成長が感じられます。

落ち込んだときや、少し気持ちが沈んでいるときに本書を読むと、じんわりと心が温まり、気持ちが軽くなります。私にとっては、まるで名医による鍼やお灸のような、心に効く一冊です。

書籍情報

お葉の医心帖 きずなの百合
有馬美季子

KADOKAWA 角川文庫
2025年5月25日初版発行

カバーイラスト:中島梨絵
カバーデザイン:アルビレオ

●目次
第一章 女絵師と腰痛
第二章 力自慢と宝物
第三章 本日、休診
第四章 見放された患者
終章

本文305ページ

文庫書き下ろし

■今回取り上げた本




有馬美季子|時代小説ガイド
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