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【理流解説】無宿者と板橋宿の旅籠の再生を描く、青春時代小説

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『めおと旅籠繁盛記』|千野隆司|小学館文庫

めおと旅籠繁盛記この度、千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説の新シリーズ、『めおと旅籠繁盛記』(小学館文庫)の解説を書かせていただきました。

文庫書き下ろし時代小説には特別な思い入れがあり、この分野で長く活躍されている著者の作品を読む機会も多くて、お気に入りの作家の一人です。
ゲラ(出版前の校正用原稿)をお送りいただき、ワクワクしながら読んだ数か月前が思い出されます。

千野隆司さんの『めおと旅籠繁盛記』の文庫解説を執筆
『めおと旅籠繁盛記』|千野隆司|小学館文庫 2024年4月刊行の、千野隆司(ちのたかし)さんの『めおと旅籠繁盛記』(小学館文庫)の文庫解説を書かせていただきました。 「時代小説SHOW」では、20年以上にわたって多くの時代小説を紹介してきま...

賭場検めの騒ぎで重傷を負った無宿者の直次は、逃げた先で、図らずも板橋宿の旅籠「松丸屋」の娘・お路を助ける。主人のお人好しが災いし、今にも潰れそうな松丸屋だが、さらに近頃は追剥が出没するせいで、町全体が寂れ始めているという。怪我の完治まで松丸屋を利用しやろうと考えた直次だが、居心地は悪くない。余所者を警戒する住人も多い一方、直次の働きを認める者も出てきた。いよいよ追剥の行状が激化するなか、直次は、道中奉行の命を受けた江戸四宿見廻り役・恩間と共に解決に乗り出す――。無宿者が旅籠を盛り立て、帰る場所を作ってゆく奮闘の物語。

(『めおと旅籠繁盛記』カバー裏の紹介文より)

天保の飢饉(1832~1837)以降、江戸には挑散してきた無宿者が溢れていました。六年前に常州(常陸国)の在所を捨てて江戸へ出てきた、小作百姓の次男坊、直次もその一人。手に職がなく、振り売りをする資金もなく、請け人がなく裏長屋を借りることもできない者に、まともな仕事はほとんどありません。

ぐれて強請やたかり、かっぱらいをして暮らしていたとき、小石川伝通院周辺の町を縄張りにする地回りの親分、熊切屋猪三郎に拾われ、賭場の手伝いや喧嘩騒ぎに駆り出されました。今では賭場の世話をする出方をまかされるようにまでなりました。

ところが、その夜、小日向茗荷谷町の空寺内の賭場が、町奉行所の御検めを受けました。客を逃がすために、刺股を手にした捕り方の前に出た直次は、刺股で重傷を負い、威嚇するために抜いた匕首で、誤って捕り方を刺してしまいました。

御検めの際には「何があっても捕り方に歯向かうんじゃねえ」と猪三郎に言われたにもかかわらず、捕り方を傷つけて殺してしまったかもしれない状況で、追っ手から逃れるために、傷を負った体でやみくもに逃げました。

 使えないやつや邪魔者は切り捨てる。それでいいと思っていたが、いざ自分が追われる身になると、寂しさや悔しさ、怒りや無念、恨みも胸の中に湧いた。腕の痛みが、不安や怯えを搔き立てる。
 直次の胸にあるのは、何物もなくなってしまったという気持ちだった。十五歳のとき、裸一貫で江戸へ出てきたときと同じだ。

(『めおと旅籠繁盛記』P.21より)

人家のない街道の脇にある地蔵堂で、倒れ込むように体を休めた直次は、男の叫び声と乱れて複数の足音で目を覚まし、捕り方が近づいてきたと察して朦朧とした頭で動いて、追剥の巻き添えに遭った、板橋宿の旅籠「松丸屋」の娘・お路を助けました。が……。

板橋宿は、中仙道六十九次の最初の宿場で、江戸四宿の一つです。
松丸屋は板橋宿の上宿にあって、お路の両親と三人だけで営んでいますが、主人の喜兵衛のお人好しが災いして、繁盛していない、いつ潰れてもおかしくないような旅籠でした。

しかも、板橋宿では、旅人を狙う追剝が頻発していて、路銀や商いの金を奪われて、命を落とした者も出て、危難を避けて板橋宿に泊まる者も少なくなっています。このままでは、宿場は寂れていくばかり。
怪我が治るまで松丸屋を利用してやろうと考えた直次ですが、余所者を警戒する住人が多い中で、松丸屋の人たちの好意に触れ、次第に変わっていきます。

本書の魅力の一つは、著者が得意とする「ボーイ・ミーツ・ガール」(若者が若い娘と出会って、そこから関係を築いていく)をストーリーの柱にしながらも、追剥退治という勧善懲悪の要素を織り込んで、爽やかで読み味の青春時代小説になっている点にあります。

板橋宿に居場所を見つけた直次がどんな体験をして成長し、寂れた旅籠「松丸屋」を繫盛させていくのか、この後の展開も大いに気になる、楽しみなシリーズが始まりました。
書店で本書を手に取った際には、巻末の解説にも目を留めていただければ幸いです。

めおと旅籠繁盛記

千野隆司
小学館 小学館文庫
2024年4月10日初版第1刷発行

カバーイラスト:しまざきジョゼ
カバーデザイン:大岡喜直(next door design)

●目次
前章 無宿者一匹
第一章 追剥の仲間
第二章 四宿見廻り
第三章 浅草寺門前
第四章 燃える小屋
第五章 宿場の住人

本文285ページ

文庫書き下ろし

■今回取り上げた本

千野隆司|時代小説ガイド
千野隆司|ちのたかし|時代小説・作家 1951年、東京生まれ。國學院大學文学部文学科卒、出版社勤務を経て作家デビュー。 1990年、「夜の道行」で第12回小説推理新人賞受賞。 2018年、「おれは一万石」シリーズと「長谷川平蔵人足寄場」シリ...