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夫婦で挑んだ「日本初の洋食屋」自由亭、誕生物語

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『朝星夜星』|朝井まかて|PHP研究所

朝星夜星朝井まかてさんの長編歴史小説、『朝星夜星(あさぼしよぼし)』(PHP研究所)を紹介します。

本書は、幕末に長崎で洋食屋を始め、明治の大阪でレストランとホテルを開いた料理人草野丈吉(くさのじょうきち)と妻ゆきの物語。
日本の外交を食とおもてなしで支えた夫婦の奮闘を描いた長編小説です。

「朝は朝星、夜は夜星」という言葉があります。
朝はまだ星が出ている夜明け前から、夜は星が見えるほど暗くなるまで、仕事をするという意味。
江戸から明治にかけての、照明が貴重だった時代に、農業や職人、自営などで働く勤勉な人たちの姿が思い浮かびます。

「西洋の人間を知るには、同じ物を食して躰で知ること」と五代才助(友厚)に背中を押され、長崎で小さな洋食屋を始めた草野丈吉と妻ゆき。
やがて亀山社中に陸奥宗光、後藤象二郎、岩崎弥太郎といった綺羅星のごとき男たちが贔屓客となり――。

幕末から維新、明治。
激動の時代の外交を西洋料理で支えた自由亭。
その一皿は深い「志」の味がする。

(『朝星夜星』カバー裏の紹介文より)

時は文久二年(1862。
長崎・丸山町の傾城屋の引田屋で十三年、女中奉公をしていたゆきは、料理人の丈吉に見初められて、女将と女中頭の勧めもあって、丈吉と祝言を挙げました。

「どうね、嫁かんね。家は伊良林の、若宮稲荷の袂にあるらしか。両親に妹もおるが、本人は辺りでも聞こえた働き者、孝行者らしかよ」
 女将の肝煎りの縁談となれば断るべくもないのだが、何となく気乗りがしない。
「お歳はいくつでござりますと」
「二十四て聞いたけん、お前より一つ下か。なに、気にすることはなか。金の草鞋を履いてでも探せと昔から言うてきた姉さん女房たい。そいに、ただの料理人じゃなかよ。阿蘭陀総領事のデ・ウィットしゃんに雇われて箱館や江戸、横浜も軍艦で回ったていうけん、見聞も広かやろう。ばってん、デ・ウィットしゃんが帰国されることになって、そいで丈吉しゃんも家に戻ったらしか。ここらで腰ば落ち着けて、嫁も取ろうという気になったとやろう」

(『朝星夜星』P.12より)

丈吉は、阿蘭陀料理の仕出しの仕事をするかたわら、料理が苦手なおゆきに西洋洗濯の仕方を教えました。十の歳から働き始めた丈吉は、十九のとき蘭人に奉公し、そこで身の回りの世話をするボオイと洗濯の仕事覚えたと言います。

ところが、ある日、薩摩藩士の五代才助に背中を押されて、長崎の伊良林郷の自宅で西洋料理屋を開くことにしました。

「西洋の何も知らずして攘夷じゃ開国じゃと騒いでおっても、いっこうに埒が明き申さんと言わした。おれは政の何もわからんけん、黙って拝聴するのみばい。そいでも、蘭書をいかほど読み漁ろうと己の頭の中の埒は越えられんのじゃと、熱心に話を続けられるとよ。西洋の人間ば知るにはまず己の躰じゃ。彼らが何ば喰うて生きとるか、同じ物ば食してみて、まずは躰で知るとが肝心ばい。丈吉、おぬしの稼業ば大事にせよ、食はこれから大きな役割ば果たす、て」
 
(『朝星夜星』P.38より)

こうして開いた丈吉の西洋料理屋は自由亭と名を変え、早朝から夜遅くまで、時には料理屋に泊まり込んで、料理づくりに没頭。
本格派の阿蘭陀料理で亀山社中(後の海援隊)や陸奥宗光、後藤象二郎に贔屓にされ、土佐藩や広島藩の料理御用を務めるようになります。

ところが、兵庫が開港され、大坂(大阪)も外国人の逗留・居留を認める開市の地になり、交易のため長崎から多くの外国人が移り住みました。

丈吉も、外国官権判事の五代より、川口居留地外国人止宿所(西洋宿屋)の司長(支配人)を命じられ、大阪に外国人が泊まれる宿所を作ることに。
止宿所には膳を供する場として、レストランが必要で、そこに自由亭を開きます……。

大阪では、丈吉とゆきは、明治の近代化と合わせるように、ホテルとレストランを経営してゆきます。さまざまなことが起き、つらく悲しいことも嬉しいことも経験してゆきます。
丈吉の両親と妹、ゆきとその子供たちへと続く、草野家の家族を描く大河小説となっています。

大坂から大阪に名を変えて、近代都市として成長していく大阪のまちが活写されている点が何とも興味深く、美しく変わりゆく明治の風景がセピア色の写真のようにイメージされていきました。

「朝星夜星」には続きがあって、「朝は朝星、夜は夜星、昼は梅干しいただいて」と続くそうで。
そこには、「正しく正直に、そしてひたむきに歩む」という意味が込められています。

ぐうたらで、怠けがちなときにこの言葉で、ときどき自分を戒めたいと思いました。

朝星夜星

朝井まかて
PHP研究所
2023年2月27日第1版第1刷発行

装丁:芦澤泰偉
装画:大竹彩奈

●目次
1 しゃぼん
2 ぶたのらかん
3 自由亭
4 来訪者たち
5 明治の子
6 肩の荷
7 大阪開化
8 天皇の午餐会
9 故郷
10 二人づれ
11 流れる星の音
12 星々の宴

本文510ページ

本書は、月刊文庫「文蔵」2019年9月号~2022年4月号(2021年3月号、4月号を除く)の連載に、加筆修正したもの。

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『朝星夜星』(朝井まかて・PHP研究所)

朝井まかて|時代小説ガイド
朝井まかて|あさいまかて|時代小説・作家 1959年、大阪府生まれ。甲南女子大学文学部卒業。 2008年、『実さえ花さえ』(のちに『花競べ 向嶋なずな屋繁盛記』と改題)で第3回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞してデビュー。 2014年、『恋歌...