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庶民を失望させる理不尽な裁き。又兵衛の憤怒の刃が鞘走る

『はぐれ又兵衛例繰控(六) 理不尽なり』|坂岡真|双葉文庫

はぐれ又兵衛例繰控(六) 理不尽なり坂岡真(さかおかしん)さんの文庫書き下ろし時代小説、『はぐれ又兵衛例繰控(六) 理不尽なり』(双葉文庫)を紹介します。

南町奉行所の例繰方与力をつとめる平手又兵衛は、奉行所内でのや権力争いや出世にまったく興味がなく、奉行所内で「はぐれ」と呼ばれる変わり者です。
本書は、内勤の町方役人の又兵衛が、表立って裁けない、この世の悪に対して、陰で密かに懲らしめる、痛快シリーズの第6弾です。

著者は、本年(2022年)、光文社文庫から出ている「鬼役」「鬼役伝」と、本シリーズ「はぐれ又兵衛例繰控」で、第11回日本歴史時代作家協会賞「シリーズ賞」を受賞しました。

この「シリーズ賞」は最近の傾向として、文庫書き下ろし時代小説で長年にわたり第一線で活躍し、このジャンルの隆盛に牽引しているベテラン作家と、対象年度での活躍が顕著で今後のさらなる活躍が期待される中堅作家を、それぞれ1名ずつ、計2名に賞を授与しています。
第11回では、前者で坂岡真さんが選ばれ、後者で氷月葵(ひづきあおい)さんが選ばれました。

又兵衛の知りあいの煮売屋の善七が、稲荷の境内で侍を斬り殺した。三人組の月代侍に襲われた女房を救おうとして、奪った刀でひとりを殺めてしまったのだ。善七に下されたのは、磔獄門という不条理な裁き。臍を噛む又兵衛だが、侍たちが、自身も追う三日月党なる凶賊と繋がっていると知り、一味を壊滅すべく動きだす――。。怒りに月代朱に染めて、許せぬ悪を影裁き。時代小説界の至宝、坂岡真が贈る、令和最強の時代シリーズ第五弾!

(『はぐれ又兵衛例繰控(六) 理不尽なり』カバー裏の内容紹介より)

表題作の第三話「理不尽なり」のほかに、又兵衛の痛快な影裁きが楽しめる二話が楽しめます。

第一話の「海月侍」は、水無月五日、かんかん照りが続き猛暑のなか、又兵衛は架け替えが終わった日本橋まで足労するよう命じられるところから始まります。
長寿の廻船問屋一族を招いた渡り初めの行事が催されて、見物人で黒山の人だかりができようから、その警備のためでした。

真新しい橋を渡りたい衝動に駆られた見物人たちの押すな押すなの賑わいの中で、又兵衛は定橋掛同心の川端源内から声を掛けられました。
川端によれば、又兵衛の亡くなった父にお世話になったことがあるとのこと。

「あの川端源内、生きているのか死んでいるのかもわからず、ふわふわと海面を漂っているかのごとき同心ゆえ、海月と呼ばれておりましてな」
 同心仲間に「海月」と小莫迦にされる川端が自分から与力にはなしかけることなど、万にひとつもあり得ない。そうおもっていただけに、たいそう驚かされたらしかった。
「ふうん」
 もしかしたら、誰とも相容れぬ自分と同じ匂いを感じとったのであろうか。
 それにしても、十一年前に亡くなった父とどういう関わりがあったのか、気にならぬといえば嘘になる。

(『はぐれ又兵衛例繰控(六) 理不尽なり』「海月侍」P.16より)

ところが、長寿の奇特者たちによる渡り初めの行事には、地元の廻船問屋が関わり、裏の事情がありました……。

第二話の「閻魔裁き」で、又兵衛は、内与力の沢尻玄蕃に呼び出されて、湯島天神の境内にある料理茶屋『松金』で行われる歌詠みの会に参加して、歌を詠んでくるように命じられました。

数寄屋坊主の組頭が催す歌詠み会には、金満家や三千石取り以上の大身の旗本、藩の重臣などが参加していましたが、そんな中で又兵衛が詠んだ句が、煙草問屋の主人摂津屋理右衛門とともに一席となり、褒美として楽焼の黒い茶碗の逸品を下賜されました。

ところが、その五日後、摂津が小火の火元となり、理右衛門が縄を打たれて大番屋の仮牢に繋がれるという事件が起こりました……。

小火の火元になると、被害の状況に応じて、押込や敲きから、所払、死罪までさまざまな罪が問われます。又兵衛は、理右衛門を梳くことができるのでしょうか?

又兵衛は、裁許帳などに綴られた記録を一度読んだだけで記憶に留めるという特技を持っていました。御定書百箇条はもいろん、七千余りもの類例を集めた約五十年分の例類集も端から端まで覚えていて、それらを順不同で問われても、一言一句違わずに答えられました。

法の知識だけでは裁ききれない理不尽な事態に、月代を朱に染めて怒り、剣を振るい勧善懲悪をする又兵衛の活躍は痛快で、文庫書き下ろし時代小説の王道です。

一年前に剣の師小見川一心斎に紹介された静香を気に入り、所帯を持った又兵衛。
いざ、八丁堀の屋敷に静香を迎えると、静香は両親を連れてきました。父の都築主税は元小十人頭、家禄三千石の大身旗本でしたが、拠所ない事情で改易されていました。
落ちぶれた旗本だけにとんでもなく気位が高いうえに、まだら惚けが進んでいました。

しかし、又兵衛は亡くなった自身の両親の代わりに、孝行のまねごとができると思い、三人を受け入れていました。
海外敷く主税を近くの湯屋に連れて行く又兵衛のやさしさが胸に染み入ります。

本書発刊で、シリーズ25万部突破の人気の理由もうなずけます。

はぐれ又兵衛例繰控(六) 理不尽なり

坂岡真
双葉社 双葉文庫
2022年11月13日第1刷発行

カバーデザイン:鳥井和昌
カバーイラストレーション:村田涼平

●目次
海月侍
閻魔裁き
理不尽なり

本文308ページ

文庫書き下ろし

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『はぐれ又兵衛例繰控(一) 駆込み女』(坂岡真・双葉文庫)
『はぐれ又兵衛例繰控(六) 理不尽なり』(坂岡真・双葉文庫)
『継承 鬼役(三十二) 』(坂岡真・光文社文庫)
『入婿 鬼役伝(三)』(坂岡真・光文社文庫)
『刃の真相 御庭番の二代目18』(氷月葵・二見時代小説文庫)

坂岡真|時代小説ガイド
坂岡真|さかおかしん|時代小説・作家 1961年、新潟県生まれ。早稲田大学卒業。 2022年、「鬼役」「鬼役伝」シリーズ(光文社文庫)、「はぐれ又兵衛例繰控」シリーズ(双葉文庫)で、第11回日本歴史時代作家協会賞「シリーズ賞」を受賞。...