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イケメン陸尺の粋と誇りが炸裂! 小説すばる新人賞受賞作

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『我拶もん』|神尾水無子|集英社

我拶もん2023年に第36回小説すばる新人賞を受賞して、2024年2月に単行本デビューを果たした、神尾水無子(かみおみなこ)さんの時代小説、『我拶もん』(集英社)。新人の作品を読むことはスリリングでいつもワクワク興奮します。

本書は、大名家の駕籠を担ぐ陸尺(ろくしゃく)を主人公にした痛快な時代小説です。
市井の駕籠かきを主人公にした時代小説は珍しくありませんが、家臣でなく派遣されて大名・旗本の駕籠を担ぐ陸尺を描いた作品をこれまでに読んだことがなかったので、興味深く読むことできました。

時は寛保二年。大名や旗本の駕籠を担ぐことを生業とし、美丈夫で優れた陸尺に与えらえる「上大座配」の格を持つ桐生。ある日、芝居小屋の《市村座》で木戸番と陸尺の大乱闘が勃発。相方の龍太が巻き込まれたと知った桐生は仲間の翔次と共に駆けつける。だが龍太は捕えられ、騒ぎを収めようとしたはずの桐生も結託した仲間に裏切り者扱いされ仕事を干されてしまう。暇を持て余していた八月のある日、大雨により江戸で大洪水が発生。桐生は辛うじて生き延びるも商売道具の右腕に大怪我を負い、かつて恋仲であった娘・おみねも目の前で濁流に呑まれてしまう。何もかも失った桐生は《市村座》の騒動を機に知り合った玄蕃頭・有馬頼徸に救われ屋敷で世話になることになり、懇ろだった深川芸者の粧香とも再会。一方、頼徸の近習である坂西小弥太は、主君が桐生を気に入り、また幼い頃から恋心を抱いていた頼徸の姉・梅渓院までもが執心であることに苛立ちを覚えていた。そして、使い物にならず腐っていた桐生を痛罵し、桐生は有馬家を去るのだが……。
(『我拶もん』カバー帯の説明文より)

寛保二年(1742)六月。
桐生は上背ある美丈夫ぶりに加えて、駕籠かきの所作の見事さから“風の桐生”と呼ばれる、最上級の陸尺、上大座配(じょうだいざはい)をつとめていました。
しかも、男の色気がダダ洩れで、女にモテモテです。(装画が紗久楽さわさんだなんて反則)
最近、蕎麦屋の娘おみのと別れて、深川芸者の粧香(しょうか)と付き合っていました。

「俺らぁ、江戸抱の陸尺は、大名行列の華にござんす。様子の好さと背丈で給金を競う商売なんざ、江戸広しといえど、陸尺だけでさあ。役者だって真似のできねえ、意気が勝負の仕事。だってえのに、てんでわかっていらっしゃらねえ大名家の多いこと多いこと」
 腰を落として桐生は続けた。
「口幅ってえのは承知で申し上げまさあ。壱岐守さまは俺らを雑、と仰いやしたが、それこそ心得違いにござんす。雑ではなく、我拶と呼んでおくんない。それが江戸抱の陸尺の張りと粋でござんす。江戸の男といやあ、我拶もん。よっく覚えておいておくんねえ」

(『我拶もん』P.16より)

高家肝煎・長沢壱岐守の駕籠を担いだ際の桐生の啖呵ですが、桐生の仕事への矜持を感じられる一方で、自信満々で自己中心的なところも描き出されています。

「お黙り、この莫迦っ。また殿さまの駕籠でふざけやがったそうだね。高家肝煎さまの駕籠を担いで大騒ぎしたのは、てめえだろうっ。もう、すっかり町中の噂だよっ」

(『我拶もん』P.20より)

桐生の嫌なところにずばり意見する、粧香の言葉は悪いが、気風良さにスカッとします。

ある日、陸尺連中が《市村座》の木戸番と喧嘩して、相方の龍太が巻き込まれたと知らせを受けて、仲間の翔次と駆けつけました。しかし、龍太は捕らえられ、騒ぎを収めようとした桐生は陸尺連中から裏切り者扱いされて、仕事を干されてしまいました。

暇を持て余したいた八月のある日、江戸で大雨による大洪水が発生しました。
後に“戌の満水(いぬのまんすい)”と呼ばれる、江戸期最大級の水害です。
その大洪水で、桐生は辛うじて生き延びますが、商売道具の右腕に大怪我を負ってしまい、粧香は行方がわからず、以前の恋人おみねも目の前で亡くしてしまいました。

すべて失った桐生は、自暴自棄になり、お救い小屋で何もやる気力がなく腑抜けになっていました。

「桐生」
 聞いた覚えがある声だ。だが、誰でもいい。どうでもいい。桐生は瞑目したままでいた。
 今しか眠れねえんだよ。放っておいてくれ。
「桐生」
 背後で小屋の連中が息を潜めて、窺っている気配がする。
 そっと目を開いた。
「生きておったか」
 美しいとさえいえる、凛とした立ち姿。痩躯の若侍が桐生を見下ろしていた。

(『我拶もん』P.47より)

お救い小屋で桐生に声を掛けたのは、《市村座》の騒動で知り合った筑後国久留米領の当主有馬頼徸(よりゆき)の小姓をつとめ、桐生とも因縁のある小弥太でした。
頼徸の命で屋敷に連れ帰ることに。

殿さまに贔屓される桐生に事あるごとに反発する、堅物の小弥太ですが、やがて……。

頂点からどん底へ転落した、桐生の再生の物語は、粧香に、頼徸の姉の梅溪院(豊後国臼杵領当主稲葉泰通の母)も絡んで、混沌としていきます。

登場人物たちのキャラクターの魅力と口舌の達者さ、大洪水の場面での臨場感あふれる描写と、巧みなストーリー展開に引き込まれて、ページを繰る手が止まらず、一気読みしました。
また一冊、推したい時代小説が出てきました。

我拶もん

神尾水無子
集英社
2024年2月29日第1刷発行

装幀:泉沢光雄
装画:紗久楽さわ

●目次
一章
二章
三章
四章
終章

本文236ページ
初出 「小説すばる」2023年12月号
第36回小説すばる新人賞受賞作

■今回取り上げた本

神尾水無子|時代小説ガイド
神尾水無子|かみおみなこ|時代小説・作家1969年、東京都生まれ。神奈川県在住。2023年、『我拶もん』で第36回小説すばる新人賞受賞、2024年、同作で単行本デビュー。時代小説SHOW 投稿記事著者のホームページ・SNS→神尾水無子の本(...