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関ヶ原前夜、大津城で。最強の「楯」と至高の「矛」が対決

『塞王の楯』|今村翔吾|集英社

塞王の楯今村翔吾さんの長編歴史小説、『塞王の楯』(集英社)を紹介します。

本書を手にしたとき、学生時代に漢文の授業で習った、「矛盾(むじゅん)」の言葉の由来となった話を思い出しました。

中国の戦国時代、楚の国に、盾と矛を売る商人がいました。
売り物の盾を誉めて「私の盾は頑丈で、これを突き通せるものはない。」と言い、一方で、矛を自慢して「この矛は鋭く、どんな物でも突き通せないものはない。」と言いました。
それを聞いていたある人が、「あなたの矛で、あなたの盾を突いたらどうなるのですか。」と。すると、商人は返答に窮してしまいました。
という「矛盾」がつじつまの合わないことの意味となった故事成語です。

幼い頃、落城によって家族を喪った石工の匡介。彼は「絶対に破られない石垣」を造れば、世から戦を無くせると考えていた。
一方、戦で父を喪った鉄砲職人の彦九郎は「どんな城も落とす砲」で人を殺し、その恐怖を天下に知らしめれば、戦をする者はいなくなると考えていた。
秀吉が死に、戦乱の気配が近づく中、琵琶湖畔にある大津城の城主・京極高次は、匡介に石垣造りを頼む。攻め手の石田三成は、彦九郎に鉄砲作りを依頼した。
大軍に囲まれ絶体絶命の大津城を舞台に、信念をかけた職人の対決が幕を開ける。
ぶつかり合う、矛楯した想い。答えは戦火の果てに――。

(カバー帯の説明文より)

匡介は、越前国一乗谷で象嵌職人の父と母、妹と暮らしていましたが、二十三年前に、朝倉家が織田軍の侵攻を受け城下が灰燼と化した際に、家族を失いました。
独りで山城に逃れた折、朝倉家から石垣の仕事を受け、下調べに来ていた飛田源斎と邂逅します。

石垣造りを生業とする穴太衆の飛田屋を率いる頭で、塞王(さいおう)とも呼ばれる源斎は、身寄りのない八つの匡介を連れて帰り、自身の後継者として育てました。

石垣を組む積方ひと筋の修業で副頭となった匡介は、源斎から、石の切り出しを行う山方、切り出した石を運ぶ荷方の仕事ぶりを見るように命じられました。

荷方の小組頭玲次は、源斎の甥で唯一の親類であり、歳は匡介と全く同じ、二人はライバル関係にありました。

自分の仕事に矜持を持ち、いつも冷静ながら熱い男・玲次の存在が物語を面白くしてくれます。

「世の戦を絶えさせたい」
「そのようなこと……」
 玲次が呆れたように言うが、匡介は想いを吐露するように続けた。
「何度攻めても、兵を損じるだけならばどうする」
「それは……もう攻めようとしないだろうな」

(『塞王の楯』P.114より)

豊臣秀吉によって、戦が鎮まり、天下に静謐が訪れましたが、その泰平はいつまでも続きませんでした。秀吉の死後、その家臣団は、戦場で軍を率いて戦ってきた武断派と呼ばれる者たちと、政の中枢を担っていた吏僚で戦においては後方支援をしてきた文治派の真っ二つに割れて対立していました。

「俺も戦を望んでいる訳じゃあない」
「よく言う」
 彦九郎の言葉が意外で、匡介は眉を顰めた。
「本当さ。二度と戦が起こらない世を作りたい。そう思っているから俺は作るのよ」
「馬鹿な」

(『塞王の楯』P.135より)

ある日、大津の湊で匡介は、国友衆の国友彦九郎と邂逅します。

穴太衆が乱世で最強の「楯」を生み出すのに対して、国友衆は至高の「矛」ともいうべき、鉄砲を作り出しました。

彦九郎は匡介より一つ上の三十一歳。国友衆始まって以来の鬼才と呼び声の高い男で、国友随一の呼称「砲仙」を継ぐ者といわれています。

その彦九郎は、どんな城でもあっという間に落とす砲。使えば一日で百万が死ぬ砲を作り、赤子でも恐れるような砲で、泰平を生み出したいと言い放ちました。

大津城主・京極高次は戦下手ながら、秀吉の側室となった妹竜子、茶々の妹の初、二人の閨閥により出世したことから「蛍大名」と侮られていました。
匡介は、高次より大津城の石垣の修復を依頼されました……。

近江国に同時期生まれた、二人の天才はやがて、大津城で相まみえることになります。
最強の「楯」と至高の「矛」が激突するシーンは、独創的でありながらも、臨場感あふれドラマチックなもの。

関ヶ原の戦いの前哨戦である大津城攻めには、西国無双の呼び声高い武将・立花宗茂が参戦していました。蛍大名と西国無双の対決も物語の興趣を大いに高めています。

550ページを超える大長編でありながら、読みだしたら止められないリーダビリティも抜群で、忘れられない、いつまでも記憶していたい戦国小説です。

塞王の楯

今村翔吾
集英社
2021年10月30日第1刷発行

装画:森田舞
装幀:鈴木久美

●目次

第一章 石工の都
第二章 懸
第三章 矛楯の業
第四章 湖上の城
第五章 泰平揺る
第六章 礎
第七章 蛍と無双
第八章 雷の砲
第九章 塞王の楯

本文552ページ

初出:
「小説すばる」2019年8月号~2020年12月号、2021年3月号~8月号
単行本化にあたり、加筆修正

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『塞王の楯』(今村翔吾・集英社)

今村翔吾|時代小説ガイド
今村翔吾|いまむらしょうご|時代小説・作家 1984年京都府生まれ。ダンスインストラクター、作曲家、埋蔵文化財調査員を経て、作家に。 2016年、「蹴れ、彦五郎」で第19回伊豆文学賞最優秀賞受賞。 2016年、「狐の城」で第23回九...