最弱ヒーロー、北一が親分に代わり、難事件を解決できるか

『きたきた捕物帖』

きたきた捕物帖宮部みゆきさんの長編時代小説、『きたきた捕物帖』(PHP研究所)を紹介します。

コロナ禍のステイホーム生活の中で、前向きになれる活力を与えてくれた時代小説の一冊です。

舞台は江戸深川。いまだ下っ端で、岡っ引きの見習いでしかない北一(16歳)は、亡くなった千吉親分の本業だった文庫売り(本や小間物を入れる箱を売る商売)で生計を立てている。やがて自前の文庫をつくり、売ることができる日を夢見て……。
本書は、ちょっと気弱な主人公・北一が、やがて相棒となる喜多次と出逢い、親分のおかみさんや周りの人たちの協力を得て、事件や不思議な出来事を解き明かしつつ、成長していく物語。
(Amazonの内容紹介より)

主人公の北一は、捕物帖史上でも最弱のヒーローです。

三歳の頃に親とはぐれて迷子だったところを、深川元町の岡っ引き、文庫屋の千吉に引き取られて養われました。

親分の本業は、暦本や戯作本、読本を入れる文庫(厚紙製の箱)売りで、北一は親分の店兼住まいに住み込みで、文庫の振り売りが役目という、子分の中で一番下っ端でした。

十六歳、小柄でやせっぽち。髪が薄く髷も結えないで半端に伸ばした坊主頭。風采が貧弱で、悪を懲らしめる腕っぷしもありません。

頼みの千吉親分がふぐの毒に当たって死んでしまいました。

文庫屋は一の子分の万作夫婦が継ぐことになりましたが、子分の中には、深川界隈で親分の代わりをつとめられる、岡っ引きの跡目を継げる者は誰もいませんでした。

親分のおかみさんと北一は、万作が引き継いだ文庫屋の店から追い出され、おかみさんは冬木町の町家に移り住み、北一は北永堀町にある『富勘長屋』の空き部屋に入ることになりました。

その部屋は、以前に『桜ほうさら』の主人公の若侍古橋笙之介が住んでいました。
宮部ファンにはうれしい仕掛けが、ほかにも用意されています。

「笙さんが住んでたところは、もう貸さないと思ってたのに」
 富勘が応じる。「根太や床板が傷んでないのはここだけなんだよ。今まで空いていたのは、たまたまさ」
 先の住人が「しょうさん」と呼ばれていたのか――って、闇討ちで斬り殺された若い浪人のことかなあ。
「姉ちゃん、懐かしいのはわかるけど、いつまでもそんなこと言ってんじゃねえよ・
 たしなめる声は太一だろう。弟のほうがしっかり者なのかな、と思った。
 
(『きたきた捕物帖』P.40より)

主要な登場人物たちを紹介する、顔見世興行のような、第一話では、材木屋に代々伝わっている「呪いの福笑い」を巡る怪異譚が描かれています。

出して遊ぶと、本人や家族に災厄に見舞われるという「呪いの福笑い」。
この正月、家の子どもが何も知らずに持ち出して、近所の子どもらと一緒に遊んでしまいました。

三日もしないうちに、その子どもが大火傷をし、その子の家族が眼病を患ったり、歯痛に苦しめられたり、災難が襲いました……。

第二話では、手習所に通う仲良し三人組が、「へんてこな双六」で遊んだことから、巻き込まれる騒動を描いています。

北一が慕って毎日のように出入りする、おかみさんは盲目ですが、目が見えない分、耳が良くて、匂いや気配で何でもお見通しです。

千吉親分から捕物話を聞いていたのでしょうか。安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)といった感じで、北一に事件解決のヒントを与えたりします。

第三話では、北一は、千吉親分に手札を渡していた本所深川方同心・沢井蓮太郎より、深川五本松近くの地主屋敷の床下から、古びた骸骨を掘り出し、その身元捜しを命じられました。

「北一っていうんだ。あんたの名前は?」
 鋭い瞳をちかりとさせて、釜焚きは、上から下まで北一を検分した。それでどんな答えを出したのかは知らない。ただ、悪い答えではなかったようだ。
 しょんと鼻を鳴らすと、女の子みたいにか細い声で、釜焚きはこう答えた。
「きたじ」
 
(『きたきた捕物帖』P.183より)

地主屋敷の離れで、身元不明の人骨が見つかり、一緒に黒い天狗の顔の根付けが出てきました。
北一は扇橋町の『長命湯』の釜焚きが右肩に黒い天狗の顔の彫りものをしているという話を聞いて、若い釜焚きに会いに来ました。

これが、もう一人の「きたさん」こと、喜多次との出会いでした。

「子分のあんたが名を上げりゃ、千吉親分も喜ぶだろう」
「おいらはただの文庫売りだよ。お上の御用なんぞ務めちゃいねえ」
「それでも、親分が手札をいただいていた旦那に顎で使われているだろう。だったら、ここでいいところを見せりゃ、晴れて十手持ちになれるんじゃねえのかい」」
 
(『きたきた捕物帖』P.225より)

さて、正体不明な喜多次が加わり、北一自身も様々な経験を積んで成長し、扱う事件のスケールが大きくなっていきます。

北一と喜多次の「きたきた」コンビが、おかみさんや旗本屋敷の用人・青海新兵衛ら、周囲の人たちの協力を得て、事件を解き明かしていく、一話完結の連作形式で綴られていきます。

謎解き×怪異×人情の宮部ワールドの三大要素が堪能できる、読み味のよい捕物帖の誕生です。
喜多次の生い立ちの謎も今後明らかになっていくのか、気になります。

きたきた捕物帖

著者:宮部みゆき
PHP研究所
2020年6月11日第1版第1刷発行
初出:月刊文庫『文蔵』2018年6月号~2020年4月号の連載に、加筆修正したもの

装幀:こやまたかこ
画:三木謙次

●目次
第一話 ふぐと福笑い
第二話 双六神隠し
第三話 だんまり用心棒
第四話 冥土の花嫁

本文363ページ

■Amazon.co.jp
『きたきた捕物帖』(宮部みゆき・PHP研究所)
『桜ほうさら 上』(宮部みゆき・PHP文芸文庫)

宮部みゆき|時代小説ガイド
宮部みゆき|みやべみゆき|時代小説・作家 1960年、東京生まれ。 1987年、「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。 1992年、『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞を受賞。...