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江戸の捜査が堪能できる捕物小説

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千野隆司さんの『鬼心 南町同心早瀬惣十郎捕物控』を読み終えた。前2作『夕暮れの女』『伽羅千尋』はアリバイ崩しや真犯人探しが魅力だったが、今回は最初から犯人は明かされていた。

深川で雪駄小間物傘問屋を営む市之助は、借金の返済のため、雪駄の行商を表稼業とする孫七、博奕場の用心棒をしている影沼漣之丞と為蔵の四人で、女房のお光をかどわかして女房の父で大店の主人茂左衛門から身代金二百両をかっさらうことを計画する……。

顔見知りのお光が誘拐されるところを目撃したことから、事件に巻き込まれる身重の女おあきの存在がこの物語の人間性を与え、サスペンス度も高めている。

「ええ、何としても救い出さなければなりません。おあきのやつは、私が助けに行くことを信じて、必死で待っています。私はあいつを、裏切るわけにはいきません」

 仁助は言った。涙声ではなく、確信を持った声だった。

(P.227)

主人公の南町同心早瀬惣十郎が、雪空の下で必死でおあきを探し回る夫、仁助を救うためにかどわかしの探索に乗り出す。奉行所に誘拐事件を届けない被害者家族に迫り、遺留品から犯人を特定していく、足でかせぐ捜査ぶりが丹念に描写されていて面白い。

過酷な運命の中で、「鬼心」を宿してしまった男たちの悲哀と、家族の強い絆が丁寧に描かれている。何とも言えない深い余韻の残る作品だ。

この物語には、妻を殺された男、妻を亡くした男、妻を誘拐させる男、妻を救おうとする男、妻との間の溝を修復しようとする男、さまざまな男たちが出てくる。夫婦の愛のあり方を描いた作品でもある。