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上役にへつらわない、反骨同心を描く、刮目の「奉行所小説」

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『春の雪 北の御番所 反骨日録』|芝村凉也|双葉文庫

春の雪 北の御番所 反骨日録芝村凉也(しばむらりょうや)さんの文庫書き下ろし時代小説、『春の雪 北の御番所 反骨日録』(双葉文庫)をご恵贈いただきました。

著者は、「返り忠兵衛 江戸見聞」シリーズでデビューし、「素浪人半四郎百鬼夜行」「御家人無頼 蹴飛ばし左門」「討魔戦記」「長屋道場騒動記」と、次々に趣向を凝らした書き下ろしシリーズを発表している注目の時代小説作家です。

本書は、初めて手掛けられた捕物小説です。

悪名名高い本所の金貸しが、深川櫓下の女郎屋で何者かに刺し殺された。白糸という名の女郎を捕縛した定町廻り同心からその経緯を聞いた用部屋手附同心の裄沢広二郎は、現場の状況と白糸の自白に不審を抱く。またさらに裄沢は、北町奉行・小田切土佐守直年の命を受けた内与力から無理難題を押し付けられ……。幼馴染みから屁理屈屋と揶揄されながらも、道理に合わなければ上役にも臆せず物申す裄沢の奮闘と奉行所内の人間模様を描く、待望の書き下ろし痛快時代小説、ここに開幕!

(本書カバー裏の紹介文より)

時代は寛政十年(1798)ごろ(十年ほど前に柳生久通が北町奉行を退任)。
裄沢広二郎(ゆきざわこうじろう)は、三十を越え、家族がおらず全くの独り身。
北町奉行所では、用部屋手附同心を務めています。
用部屋手附同心の主な仕事は、町奉行の仕事ほぼ全てに関わる内与力の補佐として、御用部屋に詰め、各種文書の草案作成や案件の下調べを行うこと。
いわば、北町奉行の秘書官補佐といったところでしょうか。

深川櫓下の女郎屋で、本所の金貸し・三哲が何者かに刺し殺される事件が起こりました。
北町奉行所の定町廻り同心の来合轟次郎(らいごうごうじろう)は、臨時廻りの室町左源太とともにその女郎屋に駆けつけて、楼主や奉公人の善次らに調べを行いました。

「女郎たちの間じゃあ、あの男のことは『今意休』で通ってるそうで」
 奉公先の主の言葉の後に、善次はポツリとそう付け加えた。
「髭の意休かい……」
 来合は顔を顰めながら独りごちる。

(『春の雪 北の御番所 反骨日録』 P.32より)

意休、あるいは髭の意休とは、歌舞伎芝居「助六所縁江戸桜」の敵役の名前です。
間夫のいる遊女へ強引に言い寄るばかりでなく、他の遊女にも様々に手を出すような好色で嫌味な男として描かれています。
三哲も、評判が悪く、女郎たちからどのような目で見られていたか明らか。

三哲は夜具の中で横になったまま刺されて殺されていました。
ところが、楼主と善次の話では、その夜、遊女の白糸は、三哲を嫌って仮病を使って、挨拶で顔を見せただけで、同衾せずに座敷を出て、その後三哲は独り寝していたと、言います。

ところが、来合と室町から事情を聞かれた女郎の白糸は、「己が刺した」とあっさり認めました。
白糸を取り調べのための施設である茅場町の大番屋へと送った来合は、翌日、北の御番所の御用部屋に顔を出していました。

「なんだ、定町廻りが巡回もせずにこんなところで何油売ってる」
「見回りなら今日は室町さんに代わってもらった」
 ぞんざいな応対を受けたのを気にかけるでもなく、来合は裄沢の前でどっかりと胡坐をきた。
「珍しく手柄を挙げたからって、有頂天になって自慢話でもしにきたか」

(『春の雪 北の御番所 反骨日録』 P.47より)

面と向かって嫌味に聞こえる言葉を言い放った裄沢に、気分を害した様子もなく、来合は昨日の捕物話を正確さを心掛けながら淡々と語りました。
合えば憎まれ口をたたき合う裄沢と来合は、家も近所で通った剣術道場も一緒という竹馬の友でした。
自分が召し捕った殺しの下手人にどこか確信の持てないところがあった来合は、裄沢の見立てを聞きたかったのでした。

町奉行所では、夜中にもたらされる急報に備えるため、三廻りなどの特定のお役や老年者を除いて交代で、夜間の非常時に備えて泊まり込むことが定められていました。
第二話の「深夜行」では、久しぶりに宿直番をすることになった裄沢の長い夜が描かれています。
これまで、多くの捕物小説を読んできましたが、宿直番にスポットを当てた話というのは記憶がなくて、奉行所内のリアリティが感じられて、とても新鮮でした。

一話と二話を通じて、裄沢の鋭い洞察力や行動力が明らかにされると、なぜ、花形の三廻りではなく、用部屋手附同心という役得の少ない、内役(内勤)となっているのか、気になります。

三話では、若き日の裄沢が描かれています。
上役にへつらわない、屁理屈屋ぶりが爽快です。
三話まで読んできて、奉行所という組織において、アウトサイダー的な存在として正義を貫く裄沢に共感を覚えました。

第四話では、裄沢は、小田切土佐守の命を受けた内与力から、奉行所内での保管中に紛失した高価な根付を探すように命じられました。
奉行所内の内部の者の犯行と考えざるを得ず、密かに、かつ身内を疑うような探索は困難を極めました……。
裄沢の過去の悔恨や人間味に触れられ、胸に迫る一編となっています。

現代小説では、警察官が活躍し警察署内を舞台にした「警察小説」が花盛りです。
ところが、同心や与力、奉行が登場する捕物小説は数多ありますが、奉行所内を舞台にした「奉行所小説」としても面白い作品はあまり記憶にありません。

本書でようやく、奉行所という組織に視点を置いた、読み応えのある面白い「奉行所小説」に出合えました。
今後の楽しみがまた一つできました。

春の雪 北の御番所 反骨日録

芝村凉也
双葉社・双葉文庫
2021年4月18日第1刷発行

カバーデザイン・イラスト:遠藤拓人

●目次

第一話 意休殺し
第二話 深夜行
第三話 やさぐれ鉄斎
第四話 春の雪

本文334ページ

文庫書き下ろし。

■Amazon.co.jp
『春の雪 北の御番所 反骨日録』(芝村凉也・双葉文庫)
『春嵐立つ 返り忠兵衛江戸見聞』(芝村凉也・双葉文庫)
『鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行(一)』(芝村凉也・講談社文庫)
『憂き世往来 御家人無頼 蹴飛ばし左門(1)』(芝村凉也・双葉文庫)
『鬼変 討魔戦記』(芝村凉也・祥伝社文庫)
『迷い熊帰る 長屋道場騒動記(1)』(芝村凉也・双葉文庫)

芝村凉也|時代小説ガイド
芝村凉也|しばむらりょうや|時代小説・作家1961年宮城県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2011年、「返り忠兵衛 江戸見聞」シリーズにてデビュー。時代小説SHOW 投稿記事『迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)』|心優しき巨躯の剣士「迷い...