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救国の英雄、藤原隆家が愛する娘のために、権力者道長と対決

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『隆家卿のさがな姫』|阿岐有任|文芸社文庫

隆家卿のさがな姫阿岐有任(あきありとう)さんの平安歴史時代小説、『隆家卿のさがな姫』(文芸社文庫)を紹介します。

著者は、2018年、平安時代を舞台にした時代小説『籬(まがき)の菊』で、第1回歴史文芸賞(文芸社主催)にて最優秀賞を受賞してデビューしました。

本作は、受賞後第1作となります。
タイトルにある隆家卿とは、葉室麟さんの『刀伊入寇  藤原隆家の闘い』でも描かれた、刀伊の入寇の国難時に、太宰権帥(だざいのごんのそち)をつとめた、藤原隆家のこと。

目に入れても痛くないほど大切な娘の姫君に、「よくぞ帰り来たまいけるかな、こんのクソ親父がーっ!」と言われたのは、救国の英雄、藤原隆家。「誰に似たりや」とぼやけば、妻からは「殿みや」と呟かれる。時の権力者であり、叔父の道長のことなど微塵も恐れず、世間ではさがな者と評されている彼も、家では一人の父親だった。体は弱いが気が強い姫君の願いを叶えるべく、隆家が下した決断とは。宮中では自身の権大納言昇進、家では婿取り。その裏で渦巻くさまざまな思惑を蹴散らして、誰にも左右されない独立独歩の隆家をいきいきと描く平安歴史小説。

(本書カバー裏の紹介文より)

太宰権帥藤原隆家は、大陸より襲いかかってきた女真族の海賊を撃退する華々しい武功を立て、寛仁三年(1019)の暮れに京へ凱旋しました。
外国籍の海賊が壱岐や対馬を襲い、さらに筑前に上陸して内陸部を侵攻するという未曾有の事態で、刀伊の入寇と呼ばれる国難です。

九州にあって軍事・外交を司る国防機関の大宰府の事実上の長官である、太宰権帥の中納言藤原隆家は、地元の武力集団を配下に従えて、数千人の戎狄を打ち払いました。

「入道殿はよろしやないか、こなた叔父上にあなた甥御殿ときたるもんや。まろは血の縁も何もなければ、必ずや半殺しにさるるわ。ああ嫌やなあ……」
「血縁が何ほどのもんかいな、これまで隆家が叔父やからいうて手加減などしたることありしや? 無かりき、つゆ無かりけり。あれが十七歳には我が随身を殺されたり、歳を重ねて少しは落ち着きたるかと思えば、此度は三千の海賊を打ち払いたりときたり。よう手に追われんわ」
 
(『隆家卿のさがな姫』 P.15より)

勝利の吉報に、都は歓喜の渦を巻き起こし、太宰権帥の任期を終えて京に帰還した隆家を大喝采が迎えました。

そんな中で、武勲と名声を得た彼は、一部の人間にとっては脅威に。
その筆頭が隆家の叔父で、前太政大臣藤原道長でした。出家し公職から退いたものの今なお国政に絶大な影響力を有する彼は、妻の弟で猶子の源経房と、都に帰ってきた隆家を恐れていました。

 几帳の綻びからいきなり人影が飛び出してきた。顔を認識する前に、隆家は襟首をぐっと掴まれて大きく揺さぶられる。
「よくぞ帰り来たまいけるかな、こんのクソ親父がーっ!」
 この声と言動は長女である。がっくんがっくんと上下前後左右に上半身を振り回されながら、隆家は内心嘆息する。
 ――中納言の娘が、口も手もかく容赦なく出すとは、誰に似たりや。
 声にでていたのか、ぽつりと妻北の方が「殿にや」と呟くのを耳が拾った。

(『隆家卿のさがな姫』 P.31より)

救国の英雄で、荒くれ者で「性無者(さがなもの)」と仇名される隆家ですが、妻と娘を前にしては立場の弱い父でした。とくに小さい頃から身体が弱く、しょっちゅう熱を出し、幾度も生死の境をさまよった長女、姫君の暴言と暴挙には黙って耐えているのでした。
長女の望みは、后がね(后の候補者)として、入内すること、もしくは高位の皇位継承者を婿に迎えることでした。

隆家は、叔父の道長と対立しながらも、大納言への昇進を働きかけたり、婿取りに奔走したりします。

若い頃に道長の従者と乱闘の挙句死人を出したり、法皇に弓を射かけたり、天皇相手に暴言を吐いたりと、「さがなもの」と呼ばれる荒くれぶりを発揮し、四十二歳の今も根回しや工作の類が不得手で、宮中の火種となる、隆家の言動から目が離せず、物語に引き込まれていきました。

「また殿が、不束なることを仰せられて怒らしたるにや。あなうたて、姫はかように脆弱(ひわづ)なるに」
 確かに軽口を叩いて興奮させたのはその通りなので隆家は粛々と妻の小言を聞く。ここまで弱っているとは想定外だった。――おそらくは姫君自身も。
 
(『隆家卿のさがな姫』 P.115より)

会話部分が古文調となっているのが文体の特徴です。
読者は、平安時代にいることを想起させられますが、前後の地の文で、意味がちゃんと通るように配慮されています。

ひ弱な身体に似合わず気性が激しい、父譲りの「さがなもの」の姫君と、対照的に健康で聡明な妹、若君。二人の娘を案じる父、隆家の親子関係がしっかりと描かれていることが本書の魅力の一つです。

道長や『蜻蛉日記』の作者を母にもつ藤原道綱、能吏の藤原行成などが登場するほか、歌人で恋多き女として知られる和泉式部も物語のアクセントの一つとなっています。

平安時代はなじみが薄く、歴史上の人物や事件にも疎いのですが、本書を読んで、「平安時代は面白いぞ!」と声を大にして言いたくなりました。同時代を描いた2024年の大河ドラマ「光る君へ」も大いに楽しめそうです。

隆家卿のさがな姫

阿岐有任
文芸社・文芸社文庫
2022年8月15日初版第一刷発行

装画:つよ丸
カバーデザイン:谷井淳一

●目次
一 世の聞こえ【よのきこえ】
二 ののしり【罵り】
三 中納言【ちゅうなごん】
四 のきのたまみづ【軒の玉水】
五 うから【親族】
六 きさいのみや【后の宮】
七 にんがのさう【人我の相】
八 生死長夜【しゃうじぢゃうや】
九 ひはづ【脆弱】
十 たうぎん【当今】
十一 るい【類】
十二 あくぢょ【悪女】
十三 やうでう【横笛】
十四 めでたげ【愛でたげ】
十五 草紙【さうし】
十六 け【怪】
十七 ふのとの【傅の殿】
十八 はうらつ【放埓】
十九 袂【たもと】
廿 にぎはひ【賑はひ】
廿一 ねんねん【念々】
廿二 ぞめき【騒き】
廿三 かくよく【鶴翼】
廿四 かへるとし【返る年】
廿五 りょぐゎい【慮外】
廿六 けうやう【孝養】
廿七 るてん【流転】

本文332ページ

文庫書き下ろし。

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『籬の菊』(阿岐有任・文芸社文庫)
『隆家卿のさがな姫』(阿岐有任・文芸社文庫)
『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』(葉室麟・実業之日本社文庫)

阿岐有任|時代小説ガイド
阿岐有任|あきありと|時代小説・作家 早稲田大学卒業、東京大学大学院修了。 2018年、『籬の菊』で第1回歴史文芸賞(文芸社主催)の最優秀賞を受賞し、作家デビュー。 時代小説SHOW 投稿記事 著者のホームページ・SNS →阿岐有任の本(A...