妖怪鳥居耀蔵と若き能楽師が、明治の東京で事件を解決

名残の花澤田瞳子(さわだとうこ)さんの時代小説、『名残の花』(新潮社)を入手しました。

徳川幕府の終焉とともに幽閉先から東京に戻った妖怪、鳥居耀蔵が活躍する時代小説です。晩年の鳥居耀蔵を描いた作品としては、風野真知雄さんのデビュー作でもある『黒牛と妖怪』があります。

天保の改革ののち、長年幽閉されていた鳥居胖庵が戻ると江戸はなくなっていた。軽薄な「東京」に憤然とする胖庵は困窮に喘ぐ見習い能役者と知り合う。立場も年齢も違う二人が心を通わせる中で遭遇する、やるせない市井の事件の数々。天変の世を生き抜く者の意地と哀感を描く本格派時代小説。
(Amazonの紹介文より)

明治五年の東京、鳥居胖庵(はんあんは号。耀蔵は通称で、官位は従五位下甲斐守で、諱は忠耀)は、丸亀藩の幽閉先から二十七年ぶりに東京に戻っていました。

桜を愛でるために足を延ばした上野の山は様変わりし、風紀が紊乱し喧噪と酒食の匂いに満ちていました。憤懣やるかたない胖庵は、迷子を探していて酔っ払いに絡まれていた若者、滝井豊太郎を助けます。豊太郎は、金春座の地謡方中村平蔵の門弟で、見習いの能役者です。

騒ぎの後に出会った女掏摸およしに、豊太郎は巾着を、胖庵は印籠を掏り取られてしまいました。

徳川将軍の御世、猿楽は公式の行事に欠かせない武家の式楽であったことから、四座一流の能役者たちは武士身分に取り立てられて、大名や旗本にも等しい生活を送っていました。

ところが、明治になって新政府は、能役者は徳川家個人のお抱えとして全役者を解雇しました。扶持がなくなると能役者はたちまち食い詰めて、困窮を極めていました。

 この細身に見えてしっかり肉のついた腕も、張りのある音吐も、それが日々の能の稽古からもたらされたことは承知している。それをすべて知りつつ、今はそんな若人の存在がひどく心強かった。
(能か――今のこの身には、ちょうどよい連れかもしれぬな)

(『名残の花』P.51より)

そもそも傲慢な能役者を嫌っていた胖庵ですが、苦し生活の中でも礼儀正しく前向きに能の修業を続ける豊太郎に好感を抱き始めます。

本書は、鳥居胖庵(耀蔵)と徳川の後ろ盾を失った若き能楽師の豊太郎の老青コンビが、市井の事件を解決していく連作時代小説です。江戸から急激に変貌を遂げる、明治初年の東京の情景が活写されているのも読みどころの一つ。

●目次
名残の花
鳥は古巣に
しゃが父に似ず
清経の妻
うつろ舟
当世実盛

■Amazon.co.jp
『名残の花』(澤田瞳子・新潮社)
『黒牛と妖怪』(風野真知雄・角川文庫)

澤田瞳子|時代小説ガイド
澤田瞳子|さわだとうこ|時代小説・作家 1977年、京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、同大学院博士前期課程修了。 2010年、『孤鷹の天』でデビューし、同作で中山義秀文学賞を受賞。 2013年、『満つる月の如し 仏師・定朝』で...