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もう一人の近松、浄瑠璃作者近松半二が作り出す虚実の渦

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渦 妹背山婦女庭訓 魂結び|大島真寿美

渦 妹背山婦女庭訓 魂結び大島真寿美さんの長編小説、『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文藝春秋)を紹介します。

本書は、2019年、第161回直木賞受賞作です。
歌舞伎や人形浄瑠璃(文楽)などの演目、「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」や「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)」などの名作を生んだ人形浄瑠璃作者、近松半二(ちかまつはんじ)の生涯を描いた芸術小説です。

江戸時代、芝居小屋が立ち並ぶ大坂・道頓堀。大坂の儒学者・穂積以貫の次男として生まれた成章。末楽しみな賢い子供だったが、浄瑠璃好きの父に手をひかれて、芝居小屋に通い出してから、浄瑠璃の魅力に取り付かれる。近松門左衛門の硯を父からもらって、物書きの道へ進むことに。弟弟子に先を越され、人形遣いからは何度も書き直しをさせられ、それでも書かずにはおられなかった半二。著者の長年のテーマ「物語はどこから生まれてくるのか」が、義太夫の如き「語り」にのって、見事に結晶した長編小説。
(Amazonの紹介文より)

本書の主人公、近松半二は、近松門左衛門とは血のつながりはなく、生きた時代も重なりません。半二の父で儒学者で私塾を開いている穂積以貫(ほづみいかん)が浄瑠璃狂いで竹本座の楽屋に入りびたり門左衛門と交流があったことから、数々の傑作を生みだした愛用の硯(すずり)を譲り受けていました。

成章(後の半二)は、幼い頃から父に連れられて、道頓堀で竹本座や豊竹座の操浄瑠璃や歌舞伎など見物し、学問をそっちのけに浄瑠璃に取りつかれ、芝居小屋へ潜りこむ少年でした。

浄瑠璃通いを止めて学問を迫る母・絹に、嘆き悲しまれて怒り狂われた末に、険悪な仲となってしまい、やがて家を出て京山科の以貫の知り合いの元で暮らすことになります。

家を出る成章に父・以貫が寄越したのは書状でも路銀でもなく、小さな風呂敷包みでした。

「なんやの、これ」
「硯や」
「硯」
「そや。硯や」
「硯なんていらんわ」
 成章が突き返そうとするのを以貫が押し留める。
「まあ待て。風呂敷をほどいて、よう中を見てみ。どや、ええ硯やろ。それはな、そんじょそこらの硯やないで。わかるか。それはな。近松門左衛門先生ご愛用の硯なんやで」

(『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 位置No.141より)

京での生活は長くは続かず、成章(半二)は大坂の実家に戻ってきます。

 浄瑠璃という、その言葉を口にのぼらせただけで、心がはずみ、途端に気が急いてくるのは、どうしたわけだろう。
 浄瑠璃か。
 浄瑠璃なら道頓堀よな。
 判事がくつくつと笑う。
 あー、阿呆やな。わし、阿呆や。
 大坂へ戻ってきたんなら、まずはあそこやないか。真っ先にあそこへ行かな、あかんやないか。
 道頓堀や、道頓堀。
 
(『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 位置No.333より)

芝居の語りのような口舌の良さが心地よく、浄瑠璃や歌舞伎で培われていく成章(半二)のキャラクターに引き付けられていきます。

以貫も「あいつはあそこへ行かねばならぬ。一刻も早く行かねばならぬ。花に水。水がなければ花は枯れる。あいつにとってあそこが水なのだ」と、半二のことを理解してくれます。

そして道頓堀の芝居小屋に首を突っ込んだ半二は、いつの間にやら竹本座に出入りするようになります。

この頃の竹本座は、並木千柳(なみきせんりゅう)こと並木宗輔(そうすけ)が立て
作者で、「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」や「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」などの傑作を次々に生み出し、隆盛を極めていました。

(前略)道頓堀、ちゅうとこはな、そういうとこや。作者や客のべつなしに、そうやな、人から物から、芝居小屋の内から外から、道ゆく人の頭の中までもが渾然となって、混じりおうて溶けおうて、ぐちゃぐちゃになって、でけてんのや。わしらかて、そや。わしらは、その渦ん中から出てきたんや。(後略)
 
(『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 位置No.2861より)

芸というものは実と虚との微妙な間にあるという近松門左衛門の芸術論に対して、物語で半二は「渾然となった渦」という表現で創作論を語っています。

現在では馴染みの薄い、大坂の操浄瑠璃(人形浄瑠璃)の世界が、臨場感豊かに描かれていきます。

とくに、半二と竹本座の代表作となる「妹背山婦女庭訓」の創作秘話がドラマティックであり、演目自体への興味もむくむくと湧いてきました。歌舞伎か文楽上演されるなら、ぜひ観てみたくなりました。

半二のライバルであり友人として、並木正三(しょうざ)が登場します。
せりや回り舞台を創案した歌舞伎作者として知られていますが、本書を読んで初めてリアリティのある人物となりました。

浄瑠璃・歌舞伎の世界へ誘う、おすすめの時代小説です。

●目次

廻り舞台
あをによし
人形遣い
雪月花

妹背山
婦女庭訓
三千世界

●書誌データ(Kindle版より)
渦 妹背山婦女庭訓 魂結び
著者:大島真寿美
出版社:文藝春秋
2019年3月20日発行

装画・扉絵:原裕菜
装丁:大久保明子

推定ページ数:349ページ

■Amazon.co.jp
『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 (大島真寿美・文藝春秋)
『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 Kindle版(大島真寿美・文藝春秋)

大島真寿美|時代小説ガイド
大島真寿美|おおしまますみ|作家 1962年、愛知県生まれ。 1992年、「春の手品師」で文学界新人賞を受賞しデビュー。 2014年、『あなたの本当の人生は』で第152回直木賞候補。 2019年、『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で第161回直...