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さらわれたロシア公女を救え!宮沢賢治の冒険

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謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治鳴神響一(なるかみきょういち)さんの文庫書き下ろし歴史冒険小説、『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』が祥伝社文庫より刊行されました。

第6回角川春樹小説賞を受賞した『私が愛したサムライの娘』や『天の女王』など、国際色豊かな時代小説を書かれてきた著者が今回選んだ題材は、若き日の宮沢賢治を探偵役に据えた冒険小説です。

花巻の正教会で、宮沢賢治にロシア語を教えていたペトロフ司祭が殺された。現場で犯人を目撃しながら誤認逮捕された賢治は、釈放後、恩師から鉱物調査を依頼されて遠野を訪れる。
そこで待っていたのは、民俗学者の柳田国男、美しき公爵令嬢エルマらとの貴重な出会いだった。しかしそこへ司祭殺しの大男が再び現われ、エルマをさらい……。

物語に描かれている時代は、大正九年(1920)ごろの夏です。
ロシア革命後の共産主義思想の広がりが大日本帝国政府にとって脅威になり始めたころで、宮沢賢治は盛岡高等農林学校の研修生を修了したばかりで、二十四歳でした。

「僕は短歌や詩といった創作の世界で生きてゆきたいのす」
 賢治ははにかんで言った。まだ、詩も小説も書いたことはないが、いつかは文学で生きていきたかった。
 ところが、柳田は眉をひそめて大きく舌打ちをした。
「創作……芸術志向ですか。せっかく高等農林を出なさったんだから、芸術など世捨て人の手慰みを目指すことなく、農学の立派な知識で世に立たれたよいでしょう」
「はぁ……」
 賢治は二の句が継げなかった。柳田は若い頃から森鴎外と親交を持ち、田山花袋、国木田独歩らと『抒情詩』を出版するなど詩人としても知られていた。
 
(『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』P.50より)

賢治と『遠野物語』の著者であり、かつて農商務省で斬新な農政学を提唱し、貴族院書記官長を務めた柳田国男との出会いのシーンです。

そして、賢治は、柳田からフィンランド公使の娘、エルマを紹介されます。

 小望月は中空にあって青い光で野山を照らしていた。水蒸気の濁りが消えてすでに夏の夜空ではなかった。山口の里には初秋の気配が漂っている。
 エルマは紺色のワンピースに着替えていた。
 月光を浴び、ケヤキの木の前にたたずむエルマの姿は、現実感のない光景に感じられた。
(ああ、ギリシャの月の女神だ。アルテミスがこの世に降り立ったのだ)
 
(『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』P.87より)

賢治とエルマは、言語学者で小樽高等商業学校でロシア語の教師をしているニコライ・アレクサンドロヴィッチ・ネフスキーとともに、ダンノハナ(遠野物語によれば墓所の跡)へ、月見に出かけます。

表紙装画のような美しいシーンですが、ここでエルマは天手力男神(アメノタヂカラオ)の神楽面を付けた大男たちにさらわれてしまいます。
そして、エルマがフィンランド公使の娘ではなく、ロシア・ロマノフ王朝の血を引く公爵令嬢、ナターリア公女であることを知らされます。

賢治は、ニコライや新聞記者の雪本弦三郎らと、エルマ(ナターリア公女)を救出するために、エルマと拉致犯の行方を追います。
公女誘拐の裏に隠された国際的な謀略があり、物語の謎は深まって展開していきます。

道案内の少女マユを加えた一行は、遠野から大槌へ、山越えの過酷な追跡を行います。手に汗握るシーンの連続で、アクションシーンも多くて、冒険小説としても一級品です。

「涙というものは出なくなるのですね」
 顔を上げた公女は静かに口元に笑みをたたえた。
――あかつきの 琥珀ひかれば しらしらと アンデルセンの 月はしづみぬ
 胸がつぶれそうになって、賢治は自作の短歌を口にした。
「宮沢さんの詩ですか」
「はい……日本の定型詩です。二年前に読んだものです。月が沈むようすに心ときめいて」

(『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』P.260より)

時折自作の短歌を交えて、エルマに対する淡い恋心を吐露します。自身の将来に不安や迷いを抱きながらも、芸術に対する熱い思いも伝わってきます。

本書の魅力は、大正という浪漫溢れる時代の雰囲気や激動する国際情勢を巧みに取り入れながら、詩作や童話で本格的な活躍をする目前の、サナギのような宮沢賢治像を見事に描いている点にあります。
しかも、痛快で読み味のよいエンターテインメント小説として大いに楽しめます。

◎書誌データ
『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』
出版:祥伝社・祥伝社文庫
書き下ろし
著者:鳴神響一

カバーデザイン:bookwall
カバーイラスト:中村至宏

発行:2018年4月20日
650円+税
324ページ

●目次
序 夜空の大鯰
第一章 タヂカラオ
第二章 ナターリア
第三章 神の火
解説 田口幹人

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『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』(鳴神響一・祥伝社文庫)

『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一・角川春樹事務所時代小説文庫)
『天の女王』(鳴神響一・エイチアンドアイ)