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上泉新陰流の使い手、書院番北条志真佑が徳川家慶の盾となる

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『振り出し 旗本出世双六(一)』|上田秀人|中公文庫

振り出し 旗本出世双六(一)上田秀人さんは多くの人気シリーズをもち、質量ともに抜きんでていて、20年以上にわたって文庫書き下ろし時代小説の第一線で活躍を続ける作家です。代表作のひとつ「百万石の留守居役」シリーズ(講談社文庫)では、2022年に第7回吉川英治文庫賞を受賞されています。

『振り出し 旗本出世双六(一)』(中公文庫)は、そんな著者の待望の新シリーズです。

書院番の新参がいじめに耐えかね、三名の古参を斬り殺す刃傷事件が起きた。二百二十五石の小旗本で無役の北条志真佑は、番士を一新し再編された組に抜擢され、妹の幸や叔父の相模八左衛門とともに喜んでいた。上泉新陰流を使い、十一代将軍徳川家斉の世子・家慶の力にならんと腕を撫す志真佑だったが……。新シリーズ始動!

(『振り出し 旗本出世双六(一)』カバー裏面の紹介より)

西の丸の書院番の新参・松平外記(げき)は、古参の度重なるいじめに耐えかねて、本多伊織、戸田彦之進、沼間左京の三人を斬り殺し、神尾五郎三郎ら二人に傷を負わせて、自刃する事件を起こしました。

事件発生後に上司の酒井山城守らは責任を問われないよう隠ぺい工作を行いましたが、外記は事前に親戚の大奥女中に事件の真相と遺言の書状を託していて、真相は、老中水野出羽守忠成に知られることとなりました。忠成は激怒して、関係者に厳しい処分を科しました。
この事件の影響で、一つの書院番組が潰れて多くの欠員を生じました。

二百二十五石の北条志真佑(しますけ)は、家督を継いだときから七年、小普請組へ編入され、ずっと無役でした。
ある日、志真佑の屋敷を、上役の小普請組頭田島周防守の家臣が訪ねてきて、明日朝四つに田島周防守邸に出頭する旨を告げました。

「北条志真佑、西丸書院番二番組勤めに推挙いたした」
「しょ、書院番……」
 田島周防守の言葉に、志真佑が驚愕した。

(『振り出し 旗本出世双六(一)』 P.43より)

書院番は二百石から数百石の小旗本にとって誉れのお役目です。また、書院番は将軍の外出、江戸城諸門の警固、駿河、甲府、大坂の守衛など幕府の守備を担う、主君の馬廻りとして重要な役目でした。
また小普請組では、百石につき一両の小普請金を毎年勘定方に支払わらなければなりませんでしたが、役目に就いたことでそれも払わなくて済みます。

西丸書院番とは、十一代将軍家斉の嫡男で世子の家慶の身辺警護するのが主な役目となっていました。

書院番として出仕した志真佑は、城内の決まり事や役職独特の習慣などを教えてもらうために、先達の書院番戸尾右門に指南役を願いました。
ところが、松平外記の刃傷事件後、老中水野出羽守からの通達で、事件の元となった音物を受け取れないと……。

右も左もわからない新任の書院番北条志真佑は、書院番への蔑視と嘲弄の眼差しが向けられる城中でいかにして活躍していくのでしょうか?

その頃、将軍家斉と世子家慶の親子関係は、修復しがたい亀裂が入っていました。
家慶は「信用できる者を集めなければ……」と、西の丸付の者を見極めようとしていました……。

「どれだけ敵に誘われようとも、いかほど敵が隙を見せようとも、書院番士は公方さまを背におかばいし続けねばならぬ。たとえその身が敵の刃によって貫かれようとも、決して倒れてはならぬ。書院番士が死んでよいのは、公方さまのお身がご無事であると確信できたときだけである」
「死ぬことも許されぬ……」
 志真佑が呆然とした。
「それが書院番士だと、心に刻め」

(『振り出し 旗本出世双六(一)』 P.219より)

戸尾から書院番士は「公方さまの盾である」と、家慶がお出かけ時の警固の心得を教えられた志真佑。やがて、家慶が家斉の代参として増上寺にお出かけすることとなりましたが、そこで重大な事態が……。

水面下で繰り広げられる将軍と世子の権力争い、城中での役人たちの役目と権限、刃傷事件の影響で変わることを求められた書院番。さまざまな要素が絡み合う中で、一人の若侍が上泉新陰流の剣を使い、輝かしい未来を切り拓いていく、痛快時代小説の開幕です。
これからしばらく志真佑の活躍から目が離せません。

松平外記による刃傷事件は、佐藤雅美さんの短編集『槍持ち佐五平の首』に収載された「重怨思の祐定」でも取り上げられています。この短編集は、いじめや意地の張り合いなどを通して、江戸時代の武士階級のつらさや愚かさをシニカルに描いた傑作です。
絶版になっていて、電子書籍化もされていないので、新本での入手は難しいですが、いつかまた、読み返したいと思います。

振り出し 旗本出世双六(一)

上田秀人
中央公論新社・中公文庫
2024年2月25日初版発行

カバーイラスト:西のぼる
カバーデザイン:岡田ひと實(Fieldwork)

●目次
第一章 騒動の後始末
第二章 役付の誉れ
第三章 城中規律
第四章 恨の根
第五章 盾の意味

本文308ページ

文庫書き下ろし

■今回取り上げた本



上田秀人|時代小説リスト
上田秀人|うえだひでと|時代小説・作家 1959年大阪府生まれ。大阪歯科大学卒。 1997年、「身代わり吉右衛門」で、小説CLUB新人賞佳作受賞。 2009年、2014年、「奥右筆秘帳」シリーズで、『この時代小説がすごい!』文庫書き下ろし第...