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所縁の地に宿る、歴史の“敗者”たちに光を当てた幕末短編集

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『碧血の碑』|赤神諒|小学館

碧血の碑2022年、『はぐれ鴉』第25回大藪春彦賞を受賞した、赤神諒(あかがみりょう)さんの、『碧血の碑(へっけつのいしぶみ)』(小学館)は、江戸幕末を生きた歴史上の“敗者”が輝いた瞬間を描いた短編集です。

著者は2024年に『佐渡絢爛』第13回日本歴史時代作家賞作品賞を受賞され、その後、第14回「本屋が選ぶ時代小説大賞」も同作でW受賞されています。

本書は、今注目されている著者による初の幕末を題材にした短編集となっており、短編を発表する機会が減っている昨今の出版状況を考えると、非常に意義深い出版となっております。ファンとしても非常に嬉しい一冊です。

「総司、三条大橋で京娘と恋をしてこい」
近藤勇の名を受けた沖田は医師の娘と逢瀬を重ねるも、任務の真の目的を前に恋と大儀の間で揺れ動く(「七分咲き」)。
「されば、御免!」
福井藩主・松永慶永との初引見で、突如池に飛び込んだ藩士こそ橋本左内。夭折の志士が、養浩館に残した秘密とは(「蛟竜逝キテ」)。
「これは女子の戦いであらしゃいます!」
攻略結婚のため江戸城に入った和宮。大奥は京風と江戸風で対立するも、和宮自身は夫の徳川家茂、そして義母の天璋院に惹かれていく(「おいやさま」)。
「日本人が、私の期待に応えらえるかね」
出世の野望を胸に横須賀へ来た、若きフランス人技師ヴェルニー。一本のネジを後生大事に持ち歩く風変わりなサムライ・小栗上野介との友情の行方は――(「セ・シ・ボン」)。

(『碧血の碑』カバー帯の説明文より)

「七分咲き」
明日をも知れぬ身で生きていた新選組の隊士たちの中で、輪違屋に通って遊女と親しんでいた近藤勇や土方歳三に比べ、沖田総司は家族以外の女性との関係が薄い印象があります。
そんな総司の恋を描いた作品で印象に残るのは、司馬遼太郎さんの『新選組血風録』に収められた「沖田総司の恋」です。労咳に罹り医者に通う総司が、そこで一人の女性と出会う物語です。

本作は、まさに赤神版の「沖田総司の恋」と言えるでしょう。
近藤から「総司、三条大橋で京娘と恋をしてこい」と命じられ、総司は三条大橋で何度も声をかけます。しかし、剣に夢中で恋愛には不慣れな総司にとって、これは最も向いていない役目でした。

 ――なんか、僕は弁慶みたいですね。
 ――おい、総司。狩るのは刀じゃねぇぞ、女だ。一人でいい。
 土方と違い、近藤はまっすぐ受け止めて返してくる。
 ――なるほど。僕は刀じゃなくて、京娘の心を奪うわけか。
 ――まあ、そうだが、場所は三条大橋だ。間違えるな。

(『碧血の碑』P.14より)

近藤が「三条大橋で京娘と恋をしてこい」と言った本当の理由とは?
恋の行方、新選組での総司の日常が描かれた一編です。

「蛟竜逝キテ」
福井藩士・橋本左内は、適塾の緒方洪庵から「彼はやがて塾の名を上げる、地中の蛟竜である」と称賛されました。福井藩主・松平慶永(後の春嶽)にとって、そして人々の記憶に残る左内とはどのような人物だったのでしょうか?

橋本左内については、『碧血の碑』初回配本の購入特典として書き下ろされた掌編「足羽川ノ猫」(電子図書)でも描かれています。

「おいやさま」
政略結婚のため、将軍徳川家茂に嫁ぎ江戸城に入った和宮。そこでは、家茂の養母である天璋院が君臨していました。和宮と家茂はすぐに相思相愛となるものの、天璋院との対立は深まるばかりです。

「いやや、いやや」と駄々をこね、「おいやさま」と呼ばれた和宮が、御台所として江戸城で成長していく様子が描かれています。幕府が劣勢となる中、和宮と天璋院の関係が深まっていく様子は見事に表現されています。

「セ・シ・ボン」
二十八歳のフランス人造船技師・ヴェルニーは、アジア最大の横須賀製鉄所(造船所)建設に携わります。
ところが、彼にその依頼をしたのは小さなネジを宝物のように大切にしている小栗上野介忠順でした。これは、彼が渡米時に海軍工廠で受け取ったもので、常に肌身離さず持ち歩いていました。

「オグリ、なぜ君はそんなものを大切にしている?」
 栗本を介して訊くと、小栗は掌に載せた小さなネジをヴェルニーに示した。
「拙者は、日本人がこのようなネジを作れるようにしたいのだ。お頼み申す」
 
(『碧血の碑』P.224より)

小栗にとって、このネジは日本の工業化の第一歩を象徴するものでした。彼は、すべて輸入に頼っているセメントも日本で作れるようにと考えていたのです。
ヴェルニーと小栗の友情、そして日本の工業化に向けた挑戦が描かれています。

「函館誄歌(るいか)」
「誄歌」とは、死者の生前の徳をたたえ、その死を悼む歌のことです。箱館戦争で戦死した旧幕府軍将兵を弔い、その慰霊碑「碧血碑(へっけつひ)」を建てた函館の侠客・柳川熊吉。明治八年のある日、柳川は訳ありの二人連れを函館山の麓にある碧血碑へと案内します。

本書は、幕末の「敗者」に光を当てた短編集です。
それぞれに所縁の場所(三条大橋、養浩館、江戸城、横浜製鉄所、碧血碑)とともに、かれらの生きざまを描いています。
独立した話でありながら、ある生き物がが五編をつなぐアイコンとして登場します。

沖田総司、橋本左内、和宮、ヴェルニーといった実在の人物は、歴史が変わるときに古い体制側に与していた「敗者」に位置づけられるかもしれません。
しかし、彼らは己の意志を見事に表現して生きたことで、結果として人々の記憶に永遠に名を刻むことで、「歴史の勝者」とも言えるではないでしょうか?

歴史の奥深さとその面白さを教えてくれる一冊です。松平慶永と橋本左内の主従について、いつか長編でも読みたいと思います。

※なお、赤神諒さんの「赤神」は正しくは「赤神」ですが、ウェブ上の検索利便性を考慮し、本ページでは「赤神」と表記しています。

碧血の碑

赤神諒
小学館
2024年10月14日初版第一刷発行

装丁:大久保明子
装画:荻原美里

●目次
第一話 七分咲き ――三条大橋・沖田総司
第二話 蛟竜逝キテ ――養浩館・橋本左内
第三話 おいやさま ――江戸城・和宮
第四話 セ・シ・ボン ――横須賀造船所・フランソワ・レオンス・ヴェルニー
結び 函館誄歌 ――碧血碑・柳川熊吉

本文299ページ

初出:
「七分咲き」 「STORY BOX」2024年5月号、7月号
「蛟竜逝キテ」 「STORY BOX」2023年11月号
「おいやさま」 書き下ろし
「セ・シ・ボン」 書き下ろし
「函館誄歌」 書き下ろし

■今回取り上げた本



赤神諒|時代小説ガイド
赤神諒|あかがみりょう(赤神諒)|時代小説・作家1972年京都市生まれ。同志社大学文学部卒。法学博士、上智大学法科大学院教授。弁護士。2017年、「丹生島城の聖将」(単行本時のタイトル『大友の聖将(ヘラクレス)』)で第12回小説現代長編新人...