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維新、殿が抗戦中に、無血開城を果たした桑名藩の物語

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『尽くす誠の桑名藩の維新』|百舌鳥遼|人間社

尽くす誠の桑名藩の維新百舌鳥遼(もず・りょう)さんの長編歴史小説、『尽くす誠の桑名藩の維新』(人間社)を紹介します。

著者は、1975年三重県生まれ。2007年、深水聡之名義で、『妖異の棲む城 大和筒井党異聞』で、歴史群像大賞最優秀賞を受賞。その後、百舌鳥遼に筆名を変えて、伊能忠敬を隠密役とした、サスペンスタッチの時代小説『薩州隠密行 隠島の謎』などの作品を発表されています。

将軍・慶喜に従い戊辰戦争で京から敗走した松平定敬(さだあき)は、各地で転戦し、箱館五稜郭に向かう。
そして主人を失った桑名城では、民百姓の命を優先する若きリーダー・酒井孫八郎が奇抜な説得工作で藩論をまとめ無血開城を果たす――。

(『尽くす誠の桑名藩の維新』カバー帯の説明文より)

慶応四年(1868)一月八日。伊勢国桑名城下は異様な空気に包まれていました。朝早くに上方から早馬の使者がやってきて城内へ駆け込んでいきました。
大坂城を拠点に薩長との戦に臨んだ、幕府軍が大敗を喫して、将軍が将兵を捨てて江戸へ逃げ出したそうで、幕府軍の中核を担う桑名藩の藩主もそれに随伴されたと。

桑名城内の大広間では、集まった藩士たちが喧々諤々の議論を戦わせていました。
徹底抗戦か、降伏恭順か。
肝心の殿がいない今、誰が軍勢を指揮するのか、無謀な戦は慎むべきで、民百姓を守ることこそ我らに課せられた使命だという意見がある一方で、薩長は一会桑の一角を成す桑名藩を憎んでいて、今さら恭順などしたところで受け入れられるはずがないという意見も。
二十四歳の若さで惣宰、すなわち家老をつとめる酒井孫八郎は、軍事奉行の杉山広枝や江戸詰家老で国元へ戻っていた吉村権左衛門から意見を求められました。

「孫八郎、改めてそなたの考えを――どうした、急に立ち上がって」
 怪訝そうに問いかける吉村に、
「厠ですよ。さっきからずっと我慢していたんです」
 孫八郎はゆるく笑いながら答え、そそくさと部屋を出ていく。その薄い背中を見送りながら、
「はてさて、どうにも掴みどころのない男よ。立教館開校以来の俊英という噂は、まことであろうか」
 杉山はさも不思議そうに、ぽつりと呟いた。

(『尽くす誠の桑名藩の維新』P.53より)

廊下へ出た孫八郎は表情を一変させ、どうすれば、この桑名の地を戦火に巻き込むことを避けられるのか、彼の思考はその一点に集約されていました。

孫八郎は、桑名城で正々堂々と敵を迎え撃ちたい、攻め寄せる相手を返り討ちにして、天下に桑名武士の名を轟かせたい、そして幕府を再興し、欧米列強に退行する真の強国に日本を生まれ変わらせたい、その中心的な役割を担うのが会津藩と桑名藩で、桑名藩を主導するのは自分だとという、願いを持っていました。

しかし、上方での幕府軍の惨敗、薩長軍の強さを知ると、自分の願いが夢想に過ぎず、桑名は戦えば必ず負ける、負ければ、城も領地も、そこに住まう人々の暮らしも、おのれの夢や将来も、すべてを失ってしまうことに思い至ります。

孫八郎が広間へ戻ると、藩校立教館の教官秋山白蕡堂によって、三つ目の策として「江戸へ下って殿と合流し、そこで薩長と雌雄を決する東下策が披露されていました。
意見を求められた孫八郎は、明日もう一度集まって続きを協議をすることを提案して、閉会しました。

翌日の評定で、孫八郎は思いもよらない奇策と、亡き先代藩主松平定猶の未亡人珠光院の力添えによる説得工作で、藩論をまとめて無血開城を果たします……。

藩主松平定敬があくまでも抗戦を続け、最後には箱館まで行ってしまう一方で、藩主のいない桑名城を無血開城し、桑名の人たちを守った酒井孫八郎の物語です。
知力を駆使しした孫八郎の、対新政府軍とのもう一つの戦いぶりに引き込まれました。

新政府に藩士たちの謹慎解除を認めさせるには、事実上の藩主の松平定敬が恭順を示すために出頭して潔く頭を下げることが必要と、尾張藩の目付役に言い渡されました。
孫八郎は、松平定敬のいる箱館に向かい、定敬をはじめ、幕府軍の土方歳三や榎本武揚、大鳥圭介らを幾度も説得してまわります。

「孫、人間は小さいものだ。ひとりひとりにできることなど、たかが知れている。そんな小さい人間が大事を成そうとする時、必要なことはただひとつ。いつ、いかなる時も、誠を尽くすこと。それだけだ」
「誠を、尽くす……」
 孫八郎はその言葉を何度も繰り返し呟いた。
「私にできることは、誠を尽くすこと……」

(『尽くす誠の桑名藩の維新』P.343より)

本書では、孫八郎を中心に、関東から奥羽越各地を転戦し新政府軍に抵抗した桑名藩公用人森弥一左衛門や立見鑑三郎ら、道は違えども、志に生きた桑名藩士たちが活写されています。
上記の引用箇所は、孫八郎と森の会話で、森は箱館戦争では新選組に属して、鬼神の如きはたきを召せた勇士でもありました。

心情的に佐幕派を応援することが多い自分ですが、この作品に関しては孫八郎の生き様に強く引き付けられて胸を揺さぶられました。

松平定敬については、奥山景布子さんの長編小説『流転の中将』で、その生涯が描かれています。
幕末の桑名藩に興味を持たれましたら、こちらもおすすめです。

尽くす誠の桑名藩の維新

百舌鳥遼
発売:人間社、発行:樹林舎
2023年5月12日初版一刷発行

カバー図版:歌川芳盛『右幕下頼朝公渡海行粧之図』桑名市博物館所蔵

●目次
序章 ~極北の戦地から~
第一章 揺れる藩論
第二章 神籤の結末
第三章 和平を勝ち取れ
第四章 不敗の軍神
第五章 北越の死闘
第六章 それぞれの誠
第七章 鬼と人と
第八章 最後の試練
第九章 尽くす誠の
終章 ~語り継ぐ未来へ~
参考文献

本文375ページ
書き下ろし

■Amazon.co.jp
『尽くす誠の桑名藩の維新』(百舌鳥遼・人間社)
『薩州隠密行 隠島の謎』(百舌鳥遼・宝島社文庫)
『流転の中将』(奥山景布子・PHP研究所)

百舌鳥遼|時代小説ガイド
百舌鳥遼|もずりょう(深水聡之)|時代小説・作家 1975年三重県生まれ。関西学院大学大学院文学研究科博士前期課程修了(日本史学選考)。 2006年、深水聡之名義で、「犬坊狂恋」で第2回祭り街道文学賞を受賞。 2007年、「妖異の棲む城 大...