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江戸の日記王、藤岡屋由蔵。シーボルト事件の真相を追う

『噂を売る男 藤岡屋由蔵』|梶よう子|PHP研究所

噂を売る男 藤岡屋由蔵梶よう子さんの長編歴史時代小説、『噂を売る男 藤岡屋由蔵』(PHP研究所)をご恵贈いただきました。

藤岡屋由蔵(ふじおかやよしぞう)というと、高橋克彦さんの『完四郎広目手控』では、主人公の香冶完四郎が居候する、広目屋「藤由」の主人として登場します。

江戸市中の事件や噂などを日記に記録として残し、それらの情報を必要とする者に提供することを生業としていました。それらの日記は、『藤岡屋日記』として知られています。

神田旅籠町の一角で、素麺箱に古本を並べ、商売をする男がいた。その名は藤岡屋由蔵――古本販売を隠れ蓑に売っていたのは、裏が取れた噂や風聞の類。買いに来るのは、各藩の留守居役や奉行所の役人であった。そんな由蔵のもとに、ある日、幕府天文方の役人が逃げ込んで来るが、シーボルト事件に絡む騒動で、由蔵の手下が命を落とす。手下の理不尽な死を許すことができない由蔵は、真実を暴くため、動き始めるのだが……。

(『噂を売る男 藤岡屋由蔵』カバー帯裏の紹介文より)

文政十一年(1827)桜の終わったころ。
三カ月前から、由蔵は、神田旅籠町一丁目の足袋商『中川屋』の軒下を借りて、古本商いを始めていました。

その日、由蔵は読売屋の仙太から、「下手を打てば、こっちの手が後ろに回るかもしれねえ代物」の情報を手に入れました。

国禁の地図が何者かによって城内から持ち出され、異国人に手渡された――。

佐古伊之介は、加賀藩の聞番(加賀藩で留守居役に当たる役目)に抜擢されたばかりの若侍。江戸城大奥から遣わされた溶姫のお付きの女中頭の弱みを握るために、情報を求めて由蔵の店にやってきました。

 由蔵の前に立つと、ごくりと生唾を呑み込み、「おまえが、噂を売る男か?」と、訊ねてきた。
「そんな話を、どこでお聞きになったんで?」
「そ、そういう噂が流れておるのだ。噂を売る男がいるという噂がな」
 といって、なんだかややこしいなと、ひとりごちた。
「噂など、売っておりませんよ」

(『噂を売る男 藤岡屋由蔵』P.28より)

由蔵は、上州藤岡宿で育ちました。
中山道の脇往還として栄えた町で、養蚕の地として知られ、実家も表通りに店を構える生糸問屋でした。
ところが、父母を四つのときに亡くして、店と身代を失い、祖母の兄の道具小屋を借りて、祖母と二人で暮らしていました。

十歳の時、大伯父から、父母の死の真相を明かされました。

噂やいい加減な話は人を貶める。
信じるか信じないかではなく、本当か嘘かを見極めることが大切だということを知りました。

江戸で生きていくと決めた由蔵は、藤岡の記憶を頭の隅に追いやり、一切語らず、知られないことにしました。
そして、人も風聞もまずは疑ってかかり、真実を見極めることを心に刻み込みました。

 信用や信頼など、実態のないあやふやなものだ。いつでも覆し、裏切り、そっぽを向くことが出来る。
 信じていいのは、自分だけだ。江戸になにを望む? なにを求める?
 由蔵は、暁闇をついて一路、江戸へ向かった。

(『噂を売る男 藤岡屋由蔵』P.85より)

ある日、幕府天文方に勤める高橋作左衛門が、由蔵の店を訪ねてきました。
作左衛門が訊ねたことは、自分の噂についてでした。
ところが、その時まで由蔵はその名前を聞いたこともなければ、覚え帳に記した記憶もありませんでした。

作左衛門は、近頃、何者かに尾行されている気がしていて、身の危うさを感じていると言いました……。

シーボルト事件の当事者である高橋作左衛門をはじめ、探検家の間宮林蔵、町年寄の喜多村彦右衛門など、実在の人物が登場します。
物語は、口入屋埼玉屋の主、仙右衛門、信州二万石の小藩の留守居役滝口主計、北町奉行所の定町廻、杉野与一郎ら、多彩な人物が由蔵に関わっていきます。

生い立ちや人間像に触れながら、国禁の日本地図を海外に持ち出そうとしたシーボルト事件の真相を追う、由蔵を描いていく歴史ミステリーです。

不愛想な由蔵に懐く、中川屋の娘・おきちのこまっしゃくれぶりと、由蔵の店に入り浸る伊之介のちょっととぼけた熱血ぶりに、癒されます。

ネット社会の成熟により、膨大な情報が氾濫する中、SNSではデマが拡散されたりして、情報の見極めが難しい今の世の中。
あらためて、本当か嘘かを見極めることの重要性に気づかされました。

噂を売る男 藤岡屋由蔵

梶よう子
PHP研究所
2021年8月10日第1版第1刷発行

装丁:泉沢光雄
装画:宇野信哉

●目次
第一章 軒下の古本屋
第二章 記憶の底
第三章 阿蘭陀人江戸参府
第四章 頭巾の男
第五章 怒りの矛先
第六章 学者の妬心

本文331ページ

月刊文庫『文蔵』2017年12月号~2018年10月号、2018年12月号~2019年5月号連載「由蔵覚え帳」を改題し、加筆修正したもの。

■Amazon.co.jp
『噂を売る男 藤岡屋由蔵』(梶よう子・PHP研究所)
『完四郎広目手控』(高橋克彦・集英社文庫)

梶よう子|時代小説ガイド
梶よう子|かじようこ|時代小説・作家 東京都生まれ。 2005年、「い草の花」で第12回九州さが大衆文学大賞を受賞。 2008年、『一朝の夢』で第15回松本清張賞を受賞。 2015年、『ヨイ豊』が第154回直木賞候補作品に。 ...