紀州藩に通じる大陰謀に巻き込まれ、絶体絶命の浅間三左衛門

『照れ降れ長屋風聞帖(十二) 初鯨』|坂岡真|双葉文庫

照れ降れ長屋風聞帖(十二) 初鯨坂岡真(さかおかしん)さんの長編時代小説、『照れ降れ長屋風聞帖(十二) 初鯨』(双葉文庫)を紹介します。

本書は、2009年に文庫書き下ろしで双葉文庫から刊行された「照れ降れ長屋風聞帖」シリーズの新装版第十二巻。

表紙イラストに花札をモチーフとして採用されています。
黄色と赤で着色された鳥が気になって、ネットで調べてみると、なんと燕だそうです。
「柳に燕」と呼び、11月の題材ということになっています。

春の彼岸の百本杭。釣りに出かけた浅間三左衛門は、脳天を割られた浪人の屍骸をみつけた。懐に雛人形を抱いた仏を不憫におもい、妻子を捜しだすも、形見を届けた帰途、黒覆面の刺客に襲われる。さらに妻子の周囲には謎の美男が――悪の影を追う三左衛門は、やがて御三家に通じるとてつもない陰謀に巻きこまれていく。背後で糸を引く者とは? 巨悪を赦さぬ男たちの信念が胸を打つ傑作新装版、第十二弾。

(『照れ降れ長屋風聞帖(十二) 初鯨』カバー裏面の説明文より)

時代は文政九年(1826)彼岸の頃。
大川の百本杭(ひゃっぽんぐい)で朝から釣りをしていた浅間三左衛門は、脳天を真っ二つに割られた浪人の屍骸を見つけました。

百本杭は、時代小説で溺死体が上がる場所として描かれることがあります。
隅田川東側部分に、土手を護岸するための杭が打たれていたところで、両国橋の東詰の近くにありました。
明治の浮世絵師小林清親の『東京両国百本杭暁之図』には、土手沿いの道を行く人力車が描かれていて、風情があります。

三左衛門は、浪人者の懐から舟に乗った雛人形が見つかったことから、自身の境遇に重ね合わせて、仏を不憫に思い、雛人形を届けようと遺族捜しに乗りだします。

(春の)彼岸の後に雛人形というと、現在のカレンダーでは違和感を覚えますが、江戸時代の旧暦では、彼岸は2月にありました。

 三左衛門は懐中から藁舟に乗った雛人形を取りだし、縁側にそっと置いた。
「まあ、綺麗な色合い。それはたぶん、流し雛ですね」
「流し雛」
「はい。願いを託して川に流す四文雛ですけど、流すおひとのお気持ち次第で、値は付けられません」
 流し雛とは弥生三日におこなわれる物忌みの神事で、よく知られているのは紀州の加太淡島明神でおこなわれるものだという。紙や布で雛人形を作り、患っているからだの一部を撫でて災厄をそれにうつしたのち、藁や笹でつくった小舟に乗せるなどして、川や海に流すのである。

(『照れ降れ長屋風聞帖(十二) 初鯨』P.23より)

三左衛門は、南町奉行所定町廻り同心八尾半四郎の伯父、八尾半兵衛の屋敷を訪ねて、半兵衛と暮らしていて、雛人形に詳しい元遊女のおつやから、人形の出所を聞きました。

江戸でも、北沢の淡島明神(森厳寺)の門前の人形屋で見かけたと教えられ、妻のおまつ、幼い娘のおきちと一緒に出かけました。

道中で、おまつのもう一人の娘で、日本橋の呉服屋で女中奉公をしているおすずに好きな相手ができたと聞きました。
奉公先の得意先で舶来品を扱う阿蘭陀屋の奉公人で、役者にしたいような色男の清次に岡惚れしたといいます。

阿蘭陀屋は紀州藩御用達で、淡島明神とも関りがあり、おまつの願い事は多くなりました。

「はい。百本杭でみつけていただいた浪人は、おそらく、兵藤平九郎と申す陪臣にございます。仰せのとおり、その流し雛が何よりの証拠。淡島さんの境内で、雛人形を手ずから娘に渡すのだと申しておりました。兵藤はゆえあって、三年前に、さる藩を出奔したのでございます」
「出奔とな」
 三左衛門も十年ほど前、上州富岡の七日市藩を出奔した身だけに、膝を乗りださざるを得ない。
「ご新造、さる藩とは、浄瑠璃坂に藩邸のある紀州新宮藩のことかな」

(『照れ降れ長屋風聞帖(十二) 初鯨』P.46より)

三左衛門は、雛人形を買い求めた浪人者を突き止めて、その妻で今は阿蘭陀屋の妾になっている静香のもとを訪ね、流し雛を渡すことができました。

ところが、役目を果たした帰途、黒覆面の大男に襲われました。

「大目付の密偵か」という言葉を投げかけて来た、男の正体は?
静香に近づいただけで、命を狙われました。
三左衛門は、理由を知るために、兵藤平九郎殺しの裏に隠された秘密を探りはじめました。

兵藤平九郎は出奔する前まで、紀州で鯨漁を統べる役目の鯨方の役人をしていたことも明らかになっていきます。

さらに調べを続けていく、紀州藩の御附家老をつとめる水野家が治める新宮藩、そして紀州藩にも通じる、とてつもない陰謀が隠されていました。

長崎出島からの阿蘭陀使節団の参府も描かれ、ドクトール・フォン・シーボルト(医師シーボルト)が登場するのも印象的で、シリーズ屈指のスケール大きな痛快時代小説です。

照れ降れ長屋風聞帖(十二) 初鯨

坂岡真
双葉社 双葉文庫
2021年2月13日第1刷発行

カバーデザイン/イラストレーション:浅妻健司

●目次
流し雛
無双の海
初鯨

本文303ページ

『照れ降れ長屋風聞帖(十二) 初鯨』(双葉文庫、2009年5月刊)に加筆修正を加えた新装版。

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『照れ降れ長屋風聞帖(十二) 初鯨』(坂岡真・双葉文庫)

坂岡真|時代小説ガイド
坂岡真|さかおかしん|時代小説・作家 1961年、新潟県生まれ。早稲田大学卒業。 ■時代小説SHOW 投稿記事 江戸に土風が吹き荒れる頃、闇の仕置きが始まる―「帳尻屋」リターン...