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「載舟覆舟」の旗の下、秋田を統一した智将・安東愛季の生涯

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『斗星、北天にあり 出羽の武将 安東愛季』|鳴神響一|徳間文庫

斗星、北天にあり 出羽の武将 安東愛季鳴神響一さんの長編歴史時代小説、『斗星、北天にあり 出羽の武将 安東愛季』(徳間文庫)をご恵贈いただきました。

本書は、戦国時代、出羽国北部を治めた安東愛季(ちかすえ)の生涯を描いた戦国歴史時代小説です。

中央では無名に近い存在ですが、安東氏は、鎌倉時代後期から室町時代中期にわたって、日本海北部の海運を掌握していた一族でした。

津軽半島の十三湊を根拠地に、蝦夷地のアイヌや中国、朝鮮とも交易を続けていました。
しかしながら時は流れ、南部家に十三湊を奪われました。かつては異国に向かって開かれていた野代(能代)湊はすたれ、蝦夷からの商い船も土崎(秋田)湊に奪われていました。

齢十五にして安東家を継いだ八代目当主、愛季(ちかすえ)は胸を滾らせた。国の安寧は、民を養ってこそなせるもの。そのためにも、かつて東北有数と言われた野代湊を復興してみせる。「載舟覆舟」の国造りを始め愛季だが、次々と困難に直面する。檜山と湊、両安東家の統一、蝦夷との交易、中央勢力の脅威――。「斗星(北斗七星)の北天に在るにさも似たり」と評された稀代の智将を描く本格歴史長篇。

(本書カバー帯の紹介文より)

天文二十二年(1553)八月、七代檜山城主で父・舜季(きよすえ)が亡くなり、十五歳の嫡男愛季が安東家を一人で背負って立つ責務を担うこととなりました。

跡を継いだ愛季は、集まった家臣たちの前で、二畳にもおよぶ貼り合わせの大きな紙に書いた、「載舟覆舟(さいしゅうふくしゅう)」の文字を見せました。

「我ら安東家は、往古より海と共に生きて参った。安東の家を一艘の舟にたとえるならば、そこもとたちはこの舟に乗って大海を渡る船人と心得よ」
 一同は静まりかえって、愛季の次の言葉を待った。
「さて、海の水は安らかなるときは舟を浮かべ載せる。されど、海の水が荒れれば、直ちに舟を覆す」
 意味を半分まで理解できた家臣たちが、次々にうなずく姿が視界に入ってきた。大切なのはここからである。愛季はさらに声に力を入れた。
「民を海の水と考える」
 ふたたび家臣たちにざわめきがひろがった。
「舟である安東家中を安らかに載せる民を養うことこそ、船頭たるわたしに課せられた唯一のつとめである。よいか。我が安東家が栄えるためには、いつ、いかなるときも民草とともにあらねばならぬ」

(『斗星、北天にあり 出羽の武将 安東愛季』 P.25より)

当主を突然亡くし動揺が止まぬ家中の者の不安を一掃し、心を一つにまとめる、恐るべし、英邁な若き主君の誕生です。

当時、檜山は北を白髪ヶ岳(白神山地)に、西を北海に守られていました。
しかし、東の比内に浅利氏、その東には強敵の南部氏があり、南には由利十二頭と呼ばれる小豪族たちが割拠し、さらにその南には雄勝の小野寺氏、庄内の大宝寺氏が覇を競っていました。

これらの外患に加えて、土崎湊を治める湊安東家の重臣たちは檜山安東家から独立しようとする動きが強く、内憂を抱えていました。

都で『斗星の北天に在るにさも似たり』と譬えられた、北の智将・安東愛季の戦いの日々を描く歴史ロマン。今夜は眠れなくなりそうです。

斗星、北天にあり 出羽の武将 安東愛季

鳴神響一
徳間書店・徳間文庫
2021年2月15日初刷

カバーイラスト:西山竜平
カバーデザイン:岡本歌織(next door design)

●目次
第一章 載舟覆舟の旗、檜山城に翻る
第二章 小鹿島に石楠花匂う
第三章 比内の沃野に血煙舞う
第四章 浪岡御所に薫風吹く
第五章 湊城に硝煙巻き起こる
第六章 斗星の北天に在るにさも似たり
解説 細谷正充

本文443ページ

単行本『斗星、北天にあり』(徳間書店、2018年11月刊)を加筆修正のうえ、文庫化したもの。

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『斗星、北天にあり 出羽の武将 安東愛季』(鳴神響一・徳間文庫)

鳴神響一|作品ガイド
鳴神響一|なるかみきょういち|時代小説・作家 1962年、東京都生まれ。中央大学法学部卒。 2014年、『私が愛したサムライの娘』で第6回角川春樹小説賞を受賞してデビュー。 2015年、同作品で第3回野村胡堂文学賞を受賞。 ■時代小説SHO...