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田沼意次と天明の大噴火からの復興に懸けた人々の魂の物語

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『火山に馳す 浅間大変秘抄』|赤神諒|KADOKAWA

火山に馳す 浅間大変秘抄「上毛かるた」に「浅間のいたずら 鬼の押し出し」という札があります。天明三年(1783)に発生した浅間山の大噴火(天明大噴火)を詠んだものです。

2021年のセントライト記念を勝った競走馬アサマノイタズラは、この上毛かるたの札から名づけられました。

「あ」 浅間のいたずら 鬼の押し出し | かるた館

大藪春彦賞受賞作家の赤神諒(あかがみりょう)さんが、天明大噴火で被災した村の復興を描いた歴史小説を発表しました。『火山に馳す(はす) 浅間大変秘抄(あさまたいへんひしょう)』(KADOKAWA)です。

天明の浅間焼け(大噴火)で土石流に襲われた鎌原村。村人の8割が死に、高台の観音堂に避難した93人だけが生き残った。現地に派遣された幕府の検分使で復興対策責任者の根岸九郎左衛門は、残された村人を組み合わせて家族を作り直し、故郷を再建しようとするも、住民達の心の傷は大きく難航していた。出世頭の若き代官・原田清右衛門が進言するとおり、廃村と移住を選択すべきか、根岸は苦悩する。さらに幕府側にも不穏な動きが――。「故郷」と「生きる意味」を問い直す物語。

(『火山に馳す 浅間大変秘抄』カバー帯の説明文より)

天明三年(1783)七月、上野国・鎌原(かんばら)。
音五郎は、十年前に下手を打って村にいられなくなりました。江戸へ逃げ、四つ年上のかなと結ばれて帰郷して五年、夫婦で休みなく仕事に励みました。
土地の言葉で、気が強くて生意気な若者の意味の「なんかもん」と呼ばれる音五郎は、田畑を切り開き、猟をしたり、木を切って澄を焼いたり、馬を二頭手に入れ、信州街道の荷役の仕事にまで手を広げました。
音五郎とかなの夫婦は、足の不自由な老母志めと、かなの連れ子で十一歳になる仙太の四人で暮らしていました。

その日、音五郎は、借金をして始めた酒蔵で作った濁酒を、酒問屋も兼ねる大笹村の名主に売り込むために隣村まで出かけていました。

 石と砂の大雨が、降っていた。無我夢中で、仙太は駆け続ける。
 大地が鈍い唸り声を響かせるたび、揺れる地面をわらじごしに感じた。
 かなを振り返ると、杖を突く志めを支えながら急いでいる。
「母どん、早く! みんな、神社へ逃げとるど!」
 山が崩れたみたいに、黒い濁流が怒濤の勢いで押し寄せてくる。
 燃える巨岩も混じっていた、昨日ゆっくり流れていた赤い熔け岩とは、まるで違う。

(『火山に馳す 浅間大変秘抄』P.35より)

浅間山が大噴火して、黒い山津波が北麓の鎌原村を襲いました。
村高三百三十二石のうち、三百二十四石が流出し、田畑九十二町のうち、九割五分一厘の田畑が流されました。さらに、住人五百七十人のうち四百七十七人が死亡し、生存者はわずか九十三人という言葉を失うような大惨事です。

被災地の鎌原村の視察に、老中田沼意次の命で派遣された、幕府の勘定吟味役の根岸九郎左衛門(後の南町奉行根岸肥前守鎮衛)がやってきました。

突如災害に遭い、突然身内を奪われ、家も田畑も、生活の場も失ってしまい、絶望で凝り固まった村人たち。
さらに生き残った者の中にも、将来に絶望して吾妻川に身を投げた若衆までいました。
経験豊富な根岸も、これほど甚大な被害を受けた村を過去に知らず、何から手をつけるべきか、五里霧中です。

音五郎も、愛妻かなと母の志めを亡くし、家族は血のつながらない仙太のみとなり、後悔と失意のどん底にいて、無気力になっていました。

現地では、田沼意次子飼いの旗本で、出世頭の若き能吏の原田清右衛門が代官をつとめ、災害対応を着々と進め、鎌原村については廃村と移転を提案していました。

「こたび最大の厄災を蒙った村なれば、いっそこのまま無くすほうが楽やも知れん。じゃが、鎌原村はお前たちの故郷じゃ。もしも村の再建を望むなら、話は別じゃ」

(『火山に馳す 浅間大変秘抄』P.69より)

根岸は、村人たちが故郷を取り戻す意志があるのか、まず、村人たちの話を聞いていくことに……。

村人全員の話を聞き、「ふるさと」を大切に、村人自身の考えによる復興を強く主張する根岸は、原田と対立を深めることに。一方、村人の中にも、復興に前向きな者もいれば、身内を失った深い心の傷から立ち直れない者もいます。

鎌原村九十三人の生存者たちは、いかにして自分を取り戻し、故郷を復興させていったのでしょうか。また、根岸は復興を助けるためにどのような支援をしたのでしょうか。

あることをきっかけにどん底から立ち直っていく、なんかもんの音五郎。
物語の途中から、深く心を揺さぶられ、涙腺が決壊してしまいました。
本年の泣き納めです。

根岸の風体をダイダラボッチ(巨人の妖怪)になぞらえる大柄に設定していて、他の小説で描かれる知性と洒脱さを兼ね備えた根岸肥前守像と違っていますが、村人を引っ張る本書のタフなイメージに合致しています。

怪談好きで奇談に目がなく、後に奇談集『耳嚢』を著した根岸らしく、随所に当時の奇談も織り込まれています。大災害に対する痛ましい気持ちを和らげる効果があり、復興に向かう活力を与えているのも本書の美点のひとつです。

民の苦しみや悲しみを受け止め、天領に住む者たちを一人たりとも取り残さないために話を聞かなければならないという根岸とは対照的に、理詰めで損得を考えて、百人に満たぬ者よりも幾千、幾万もの民を先に救うべきという実務家、原田。二人を抜擢した政治家として、田沼意次が登場します。

天明の大噴火という未曾有の災害とその影響による飢饉によって、人心が離れていき、やがて権力の座を追われていった、というように教わってきましたが、意外と適切な復興対策を行ったことがわかりました。

東日本大震災以降も、自然災害が続く日本に、田沼のような政治家がいて、根岸や原田のような役人を派遣されたら、復興の様相も大きく変わったのかもしれません。
いろいろなことを考えさせられるとともに、困難にぶち当たっても折れずにしっかり考えて道をさぐる、明日を生きる勇気がもらえる、歴史時代小説です。

火山に馳す 浅間大変秘抄

赤神諒
KADOKAWA
2023年12月26日初版発行

装丁:原田郁麻
装画:agoera

●目次
序 木曽の暴れ川
第一章 なんかもん
第二章 咒原
第三章 デーラン坊の涙
第四章 家族ごっこ
第五章 江戸のダイダラボッチ
第六章 形見
第七章 祈り
第八章 花畑

本文318ページ

書き下ろし

■今回取り上げた本

赤神諒|時代小説ガイド
赤神諒|あかがみりょう(赤神諒)|時代小説・作家 1972年京都市生まれ。同志社大学文学部卒。 法学博士、上智大学法科大学院教授。弁護士。 2017年、「丹生島城の聖将」(単行本時のタイトル『大友の聖将(ヘラクレス)』)で第12回小説現代長...