『葵の残葉』

敵味方に分かれ幕末を生きた、尾張徳川家傍流の四兄弟

葵の残葉奥山景布子(おくやまきょうこ)さんの歴史時代小説、『葵の残葉(あおいのざんよう)』(文藝春秋)を紹介します。

幕末の尾張藩主徳川慶勝ら、分家の高須藩出身の四兄弟の目を通して、激動の時代を描いた歴史時代小説。著者の奥山さんは、本書で、2018年、第37回新田次郎文学賞を受賞されました。

この四兄弟がいなければ、幕末の歴史は変わっていただろう――。
子福者と天下に羨まれた徳川傍流・高須家から尾張、会津、桑名に散った若き兄弟は動乱の中、維新派と佐幕派に分かれ対立を深めてゆく。

「待たせたな」
 同じく、洋装を整えた容保が姿を見せた。
「やあ、兄上は燕尾服になさったのですね。しかし、今日はなんだかおもしろそうだなあ。みなで写真を撮ろうなんて。尾張さまは相変わらずだ」
 テーブルに供された茶と菓子を挟んで、兄弟は向かい合った。
 
(『葵の残葉』 位置No.26より)

明治十一年(一八七八)九月三日、正装で着飾った松平定敬は、兄の松平容保の屋敷を訪れ、一緒に銀座二丁目の二見写真館に向かいます。

 ――それにしても、皆、歳を取ったな。
 そう思ってしまって、慶勝は苦笑いした。あまりにも、当たり前の感想だったからである。
「四人揃うなど、いつ以来でしょうな」
 茂栄がぼそりと言って、紅茶を一口すすった。
 
(『葵の残葉』 位置No.67より)

四人は、美濃高須藩松平義建(よしたつ)の息子たちで、それぞれ諸家に養子に入り、当主となった兄弟四人です。

次男:尾張徳川家十四代当主、徳川慶勝(よしかつ)。
五男、一橋徳川家十代当主、徳川茂栄(もちはる)。
六男、会津松平家九代当主、松平容保(かたもり)。
八男、桑名久松松平家四代当主、松平定敬(さだあき)。

江戸、京都、大阪、尾張、会津で、幕府が倒れ、新政府が立ち上がる、いくつかの局面において、兄弟のうち、二人あるいは三人が同じ場所にいたことが幾度もありました。

徳川御三家である尾張徳川家の当主でありながら、いちはやく幕府を見限り、新政府側に立った慶勝と、最後まで幕府の一員として振る舞い、戊辰戦争の渦中にいた容保と定敬とは、いわば敵味方に分かれ、双方とも大きな犠牲を払うことになりました。茂栄は、兄弟の間で複雑な立場に立たされていました。

「余も、そなたたちも、どこへ行こうと、何があろうと、まごうことなき、葵の末葉だ。いかなる時も、それを忘れぬように。良いな」
 二十四歳になっていた慶勝からまだ乳飲み子の定敬まで、息子たちを一堂に集めて、義建はそう言った。噛んで含めるという言い回しがあるが、その時の義建はそれどころか、全身の器官すべてを、この言葉を心に刻むために使えと息子たちに厳命しているように見えて、慶勝にはいささか異様に思えたほどだった。
 
(『葵の残葉』 位置No.108より)

弘化四年(一八四七)正月、義建は、石高わずか三万石の高須から、あちこちへ次々と巣立っていく息子たちに、思いを伝えます。

さて、本編の話は、安政五年(一八五八)六月から始まります。

尾張徳川家当主慶恕(よしくみ。のちの慶勝)は、叔父で水戸徳川家先代当主徳川斉昭と、その息子で現水戸家当主の慶篤の三人で、朝廷の許しを得ぬまま日米修好通商条約の調印をした大老井伊直弼の責を問うべく不時登城しました。

しかしながら、井伊は斉昭らの追及をあっさりと交わし、その翌日には、将軍の世継ぎも紀州徳川家の慶福と発表されました。慶恕のもとには将軍の使者が派遣され、政道を乱す不時登城をしたかどで、隠居、謹慎を申し付けられました。

罪もなく隠居処分を受けた慶恕は、三十五歳にして外山下屋敷で暮らすことになります。代わりに尾張徳川家の当主には、実弟の茂徳(のちの茂栄)が就きました。

謹慎の身の慶恕は、西洋の技術と道具に強い興味を持ち、とくに「姿をそのまま写し取り、記録できる」写真に惹かれます。
外山屋敷で写真鏡の実権を続けながら、世の中の動きについて静かに考えをめぐらせていました……。

のちに写真大名といわれるほどの傾倒ぶりですが、そのおかげで、名古屋城など、当時の姿がそのまま写真に残されていて貴重な資料となっています。

本書では、自分で作った竹の物差しをいつも懐に入れていて、気になるものがあると必ず物差しで計る、じっくり観察してあれこれと考えてから理詰めで解答する、そんな慶恕(慶勝)の性格や人間性が描かれています。

尾張徳川家をめぐり慶勝と確執するも一橋家を継いで、薩長との交渉を担う、茂栄。賢兄と賢弟に挟まれて、右往左往するどこか憎めない凡庸な人物として描かれます。

容保は、会津藩主を継いで京都守護職に就き、戊辰戦争では幕府方最大の犠牲を払う悲運の人となります。忠誠心に厚く、端正で凛として振る舞う生き様は、父義建が「葵の末葉」たちとして送り出した最高傑作かもしれません。

定敬は、三歳の姫の婿養子として桑名藩久松松平家を継ぎます。京都所司代として兄・容保を補佐します。戊辰戦争では最後まで転戦を続け、海外へも目を向ける血気盛んで奔放な末っ子として描かれています。

幕府側や新政府側といった一方的な視点からではなく、四者四様の性格や考え方、置かれている立場の違いが描き分けられていて、複眼的に幕末維新を俯瞰することができます。

とくに、これまでの幕末小説では幕府側にとって頼りにならない人物として脇役的にしか描かれず、主人公として脚光を浴びることが少なかった、徳川慶勝。

慶応四年に尾張徳川家で発生した佐幕派弾圧事件、青松葉(あおまつば)事件にも触れられていて、慶勝の人間像が描かれ、激動の時代に果たした役割を理解できるようになりました。

◎書誌データ(Amazon Kindle版)
『葵の残葉』
著者:奥山景布子
文藝春秋

装画:浅見ハナ
装丁:野中深雪

発行:2017年12月13日
ASIN: B077Z5P8NT
1,599円(税込)

●目次
序 二見朝隈写真館
一 写真と謹慎
二 家長のアングル
三 京という被写体
四 芋とレンズ
五 青松葉
六 荒城の月
七 金鯱、降りる
結 葵の残葉

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