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杉本苑子さんと江戸の水

杉本苑子さんの短篇時代小説集『冬の蝉』を読み終える。丁寧な時代考証をベースに、高い物語性で、江戸という時代と場所が堪能できる素敵な作品集である。

「菜摘ます児」

葛西の場所外れにある、お花の茶屋に、突然、鷹狩りの帰途の将軍家治がやってきた。白湯の礼に小判三枚と、奉書にしたためた「お花茶屋」の四文字を下された……。

万葉集の菜摘み乙女の歌に題材をとった、ファンタジックでちょっと切ない話。

「礼に来た幽霊」

芝神明前の地本問屋泉屋市兵衛は、妻・お徳の出産に立ち会っていた。難産で取り込んでいる泉屋に、二両の無心をする二通の脅迫状が届いた……。

出産と脅迫という二つの事件が平行して描かれて緊迫感ある展開。そして意外な形で脅迫事件は解決をみせるが……。

「冬の蝉」

小姓組山田十太夫の娘佐喜は、蝉の抜けがらを見つけに行った赤城明神の裏の森で野良犬に襲われたところを、通りがかりの侍に助けられる……。

貧しい上に小心者で自己保身に汲々としている十太夫の家に、蝉の抜けがらがもたらしたおめでたい話とは……。心温まる佳編。

「ゆずり葉の井戸」

上野広小路の菓子司・金沢丹後では、小豆の精製のために上質な水が必要なことから、斜め向かいの研ぎ師・本阿弥家の井戸から水を得ていた。正月のある日、金沢丹後の女主人お志摩の妹お美濃が本阿弥家の一人息子達哉に手ごめにされかけるという事件が起こった……。

良水をめぐる物語を展開の早いサスペンスタッチで描いた短篇。

「嫦娥(じょうが)」

旗本で三絃の名手の原武太夫は、仲秋の名月の夜に、嫦娥のような絶世の美女と出会う……。この女性の意外な正体とは? 

嫦娥とは、月に住むという伝説の仙女のこと。中国の宇宙計画には「嫦娥計画」というものがあるそうだ。

「仇討ち心中」

吉原の遊女・小牡丹は、娼楼の二階から路上にたたずむ仇でかつての許婚の谷村慎吾を見かける……。

小牡丹の愛憎に揺れ動く女心と、武家社会の無情さを描いた作品。

「仲蔵とその母」

長唄うたいの中山小十郎の妻・お俊は、平井村の渡し守から小さな男の子を引き取った……。

歌舞伎界の名優・中村仲蔵の半生を、その養母との関係から描いた物語。松井今朝子さんの時代小説大賞受賞作『仲蔵狂乱』を思い出した。

それぞれの短篇は関連性はなく、それぞれにスタンドアローンで完成されているが、作者の引き出しの多さやストーリーテラーぶりを証明している。

とくに興味深かったのは、「ゆずり葉の井戸」で描かれた、江戸の水問題に対する作者の関心の強さである。江戸の水質の悪さについての記述など、いままで時代小説ではあまり取り上げられてこなかったように思う。作者の杉本さんの代表作の一つに、玉川上水の開発に生涯を捧げた男たちを描く『玉川兄弟』がある。

冬の蝉 (文春文庫 (す1-29))

冬の蝉 (文春文庫 (す1-29))

仲蔵狂乱 (講談社文庫)

仲蔵狂乱 (講談社文庫)

玉川兄弟―江戸上水ものがたり (文春文庫)

玉川兄弟―江戸上水ものがたり (文春文庫)