七つ、寅の刻、四字?

芝、田町の鋳掛屋庄五郎が川崎の厄除大師へ参詣すると云って家を出たのは、元治元年三月二十一日の暁方であった。もちろん日帰りの予定であったから、かれは七ツ(午前四時)頃から飛び起きて身支度をして、春の朝のまだ明け切らないうちに出ていったのである。
(岡本綺堂著『半七捕物帳・三つの声』より)

●時代小説を読んでいて、いつも戸惑うのは、現在とは異なる時間に関する感覚の違いだ。

親切な作品では、現在の時間も併記してくれるのだが、朝なのか夜なのかがわかるだけのものもある。ぼくは、六つ=6時を基本に時間を捉えることにしている。明け六つなら午前6時で、暮れ六つなら午後6時だからである。

もう一つ曲者があって、それは、時の数え方が、九つから始まり一つずつ減っていき四つまで行くと、また九つに戻ることだ。そのため、八つ半というと、3時=おやつの時間になるのである。

ところで、一刻は約2時間にあたるのだが、日の出から日没までを6つに区切って決めているので、冬と夏では一刻の長さも違っているのである。何ともおおらかである。

●時刻の呼び方に、干支で呼ぶ呼び方もある。

帳はすぐに降りた。鬼火など灯る訳もなかった。
二人の小悪党が、草臥切って長屋に戻ったのは、亥の刻を半刻も回った頃である。
(京極夏彦著『嗤う伊右衛門』より)

どういう場面で使い分けをしているのかはっきりわからないが、今までの読書経験からすると、江戸以前を舞台にした作品や、夜間の時刻を示すときに干支を使うことが多いようだ。

●幕末を舞台にした『燃えよ剣』では、懐中時計が登場して、字=時が使われる。

歳三は、おそい昼食をとった。
しばらく午睡した。
遠くで銃声がきこえ、背後の山にこだましたが、一発きりで、やんだ。歳三はおきた。懐ろの時計が四字半をさしている。

(1998/9/26)