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米沢藩境板谷峠での死闘、逐電家老大野九郎兵衛の“忠臣蔵”

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『板谷峠の死闘 赤穂浪士異聞』|日暮高則|コスミック・時代文庫

板谷峠の死闘 赤穂浪士異聞日暮高則(ひぐらしたかのり)さんの文庫書き下ろし時代小説、『板谷峠の死闘 赤穂浪士異聞』(コスミック・時代文庫)を紹介します。

著者は、時事通信社の記者を経て、中国、社会関係の著者を多数もつ、フリーの国際関係ジャーナリスト。本書が時代小説デビュー作となります。

「著者後記」によると、記者時代に山形県に赴任したときに、赤穂藩の家老で早々に逐電した、大野九郎兵衛の墓が山形・福島県境の板谷峠にあると知ったことがきっかけと言います。

吉良上野介は本所松坂町で討たれていない!? 赤穂浪士の襲撃に備えて周到な準備をめぐらせ、逃れたのだ。だが、智恵者の城代家老・大石内蔵助はそれを上回る万全の体制を整える。
「吉良が逃げるとしたら、実子が藩主である米沢だろう」と考えた大石は、家老仲間の大野九郎兵衛に討ち入り組の別働隊「影の組」を組織させ、陸奥での後詰めを依頼する。
薄雪が積もった福島・米沢国境の板谷峠。九郎兵衛ら「影の組」が待機していると、吉良一行が現れ、壮絶な死闘に及ぶ。
「逐電家老」と呼ばれた大野九郎兵衛は何を思い、戦い、生きたのか。もうひとつの忠臣蔵、赤穂浪士たちの生き様を描いた傑作長編。

(本書カバーの紹介文より)

元禄十四年(1701)四月十一日、播州赤穂藩の末席家老、大野九郎兵衛は藩士の襲撃を恐れて逐電しました。
三月十四日、赤穂藩藩主浅野内匠頭長矩が江戸城内で勅使饗応役指南の吉良上野介に対し刃傷に及び、即日切腹を命じられ、赤穂藩改易となりました。

筆頭家老の大石内蔵助は、ただちに藩札の現金引き換え、藩士一同に対する所持金の分配を指示する方針に反対し、赤穂城明け渡しに対しても連判状を作って籠城や殉死など武士の意地を見せたい大石の考えに対して、速やかな開城と藩士の退去を主張し対立していました。

妻佐登、息子郡右衛門夫婦、その孫たちの一家六人で弁財船で赤穂を離れて、大坂に向かい、堂島で小さな古物商を始めました。店は郡右衛門の才覚もあって繁盛します。
九郎兵衛は店を息子に任せ、京の西郊外、仁和寺の近くに転居しました。

ある日、京東郊外の山科に住む大石から、酒席の誘いがあり、京の遊里・島原の大籬で、差しで対面しました。

「吉良邸への討ち入りとなれば、赤穂城で連判状に署名した者たちが決行することに相成りましょう。……ただ、心配なことが一つある」
 大石は酒杯をぐっと飲み干し、九郎兵衛の方に顔を向けた。
「それは、吉良殿が江戸屋敷を離れ、米沢の上杉藩本領に向かってしまうことです。そうなると、われわれはもう手も足も出せない」

(『板谷峠の死闘 赤穂浪士異聞』 P.27より)

吉良上野介の妻富子は元上杉藩主の娘で、前藩主綱勝には実子がなく、養子に迎えたのが吉良夫婦の長男で現藩主綱憲です。
そのあめ、綱憲が実父である上野介を米沢にかくまうことは十分にあり得る話でした。

大石は、討ち入りが成就しなかったら、上野介は必ず米沢に向かうはずなので、九郎兵衛に頭領として一団を率いて、最後の最後で赤穂武士の意地を見せてほしいと依頼しました。

九郎兵衛は大石との会談後、大坂に向かい、郡右衛門と会いました。
風流人として余生を全うしていくべきか、それとも武士に戻って意地を見せるべきか、今や商人となった息子の意見を聞くためです。

「父上はこの先何人生きるか分からないが、果たして風流人として京で過ごし、最後は満足して死ねますか。要は生き様の問題です」
「…………」
「われわれは、心ならずも赤穂を出奔しました。だからと言って亡き殿への忠誠心がなかったわけではない。岡島殿ら勘定方との諍いから斬り合いになってはまずいとの判断で、家中を離れたのです。父上は塩田開発の件で立派に藩に尽くされました。今再び、殿のご無念を晴らすという計画に父上が加盟しても何もおかしくない」

(『板谷峠の死闘 赤穂浪士異聞』 P.33より)

九郎兵衛は、息子に背を押されるように、ひと時武士に戻る覚悟を決め、米沢行きに同行する仲間を集めることになりました。

大石に指示を仰ぎながら、連判状に名を連ねている者のうち、後方支援に甘んじてもいいと考えそうな者、年齢的にそれほど若くなく温厚そうな者など、数名に声を掛けることにしました。
元武具奉行で家禄は百五十石、居合の腕も確かな灰方藤兵衛、足軽頭で家禄四百石の小山源五右衛門、大坂留守居役で四百石の岡本次郎左衛門、近習で百五十石の田中貞四郎、百石で馬廻役橋本平左衛門らです。

後詰の別動隊は失敗することの備えのため、吉良邸討ち入り組にも知らされず、隠密裏に行動しなければなりません。

「無用の用」として米沢後詰組を指揮する九郎兵衛を主人公に、もう一つの赤穂事件が始まります。

赤穂浪士の討ち入りで、忠臣大石に対して、家老の大野九郎兵衛は自己中心的な悪役と描かれることが少なくありません。

一方で、昨今「忠臣蔵」ものが映画でもTVでも流行らなくなったのは、こうしたステレオタイプの忠誠心が、現代人の価値観と大きくかけ離れて、心に響かなくなったこともがあります。

上杉邸を出た謎のお忍駕籠を追う道中ものとしてのサスペンス。
福島から米沢街道での両社の駆け引きと板谷峠での襲撃場面の臨場感にハラハラドキドキが止まりません。

赤穂事件はこれまで数多の時代小説で描かれてきましたが、史実を押さえながらも、創造力豊かに物語をつくり、武士の生き様を描くことができるのだと感動を覚えました。

板谷峠の死闘 赤穂浪士異聞

日暮高則
コスミック出版・コスミック・時代文庫
2022年2月25日初版発行

カバーデザイン:泉沢光雄
カバーイラスト:ヤマモトマサアキ

●目次
第一章 家老の逐電
第二章 島原の密談
第三章 吉良邸の隧道
第四章 お忍駕籠
第五章 板谷峠馬場平
第六章 密命始末
第七章 晩夏の蛍

本文327ページ

文庫書き下ろし。

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『板谷峠の死闘 赤穂浪士異聞』(日暮高則・コスミック・時代文庫)

日暮高則|時代小説ガイド
日暮高則|ひぐらしたかのり|ジャーナリスト・作家 1949年8月、千葉市生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業。 時事通信社を経て、フリーの国際関係ジャーナリストとして活躍。 2022年、『板谷峠の死闘 赤穂浪士異聞』で時代小説デビュー。 時...